タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

うさぎたちは何処へ消えた?「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」6話

悪いうさぎ (文春文庫)

早いもので来週事件のクライマックスと共にドラマは最終回を迎える。原作既読勢の一人として今回のドラマの掘り下げ方は非常に好感の持てるものがあったので、終わってしまうのが惜しまれるな。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

「悪いうさぎ Y」注目ポイント

今回は原作(文春文庫版)の188頁~307頁(前半戦、第8節から中盤戦、第9節まで)までの内容。基本的に原作では葉村一人で新聞社に出向いたり、同業者の調査員に尋ねて情報収集をしているが、ドラマではMURDER BEAR BOOKSHOPの常連客仲間が情報収集をしてくれるし、本筋と関係のないストーカーとか結婚詐欺師を追いかける必要もないので、ドラマの葉村は(今のところ)心身共にだいぶ楽な方である

 

tariho10281.hatenablog.com

では、先週書いた記事の注目ポイントを振り返りながら、今回のポイントをおさえていこう。

 

・平家の悲劇

ミチルが親の前でカツラを外してショートカットの姿で、そして男っぽい服装をしていたのには訳があった。ミチルが生まれる前、平家には満(ミツル)という男の子がいたが、営利誘拐に巻き込まれて殺されていたのだ。その後に生まれたのがミチルだが、母親の貴美子は満の死を受け入れられず、娘のミチルを「息子の満」として扱うようになった。これがミチルと両親の間の確執となり、親元から離れたがるミチルの心理的要因となっている。

ドラマではあまり深く描かれなかったが、原作で葉村は父親の義光を「重荷を背負ってよろよろと坂を登っている巡礼」だと評する場面がある。ミチルに満の役目を負わせていることに対して負い目がありながらも、貴美子に現実を教える酷な真似もしたくないという葛藤を抱えた不憫な父親なのだ。

 

平家の悲劇は親と子、もっと広く言えば「家」「個人」の間に生まれる確執の一つを描いたに過ぎないが、ドラマではそんな「家」から断絶した女性たちを主人公の葉村や常連客のアケミも合わせて描いているのが地味に凄い

断絶の事情は人それぞれだが、拠り所を失くして「保護する者(≒神待ち)」を求める者や、それを良しとしない感情を持つ者。そして保護される側から保護する側にまわった者の思い(弱者を根本的に救済出来ない悩み)、善なる保護者(葉村やアケミ、富山店長)悪なる保護者…。救済者と被救済者の両面を深掘りした点は原作以上に評価すべきである。

 

・水地佳奈

葉村が行方を追っていたカナなる女性は、実は滝沢家の元家政婦・明石佳代(原作は香代)の娘の水地佳奈だと判明。美和と佳奈は主人の娘と使用人の娘の関係だったことになる。美和は佳奈の母親を(佳代に事情があるとはいえ)取ってしまったことに対する贖罪として経済的援助を続けていたが、佳奈は自分より年下の高校生から援助を受けることを良しと思わず、母親の葬式代200万は自分で稼いだ金ですませたいと考えていたようだ。これが前回美和のコートから見つかったハガキに書かれていた「三日で全額払えるくらい」ワリの良いバイトにつながる。

 

原作を読んだ時、美和の印象は「父親に似合わず正義感の強い子だな」というものだったが、前回と今回の美和の姿を見ていると、彼女はノブレス・オブリージュ、つまり富裕層としての務めを果たそうとしていたのではないだろうか?父親の権力と金を使って、友人の綾とヤクを回していた小島とのつながりを断ったり、佳奈の窮状に報いようとしていたが、そのために美和は首を突っ込み過ぎて失踪したということになる。

佳奈の荷物を引き取りにきた“叔父さん”と称した男と、佳奈を追ってアパートに来ていた美和の失踪。嫌な予感しかしないね。

 

・68会

前回、滝沢喜代志・平義光・野中則夫・山辺秀太郎には共通項があると言及したが、今回MURDER BEAR BOOKSHOPの常連・柿崎がもたらした情報でそれが明らかとなった。滝沢たちは同じ年に生まれたエリート仲間、通称「68会」(原作は二八会)のメンバーだったのだ。

 

68会といっても、仕事的な集まりではなく趣味としての集まりだったようで、ミチルが言うには狩猟をよくしていたのだとか。ただ、義光は何故かこの話になると激昂し態度を硬化させた。何故だろうかね…?(ほとんどの人は察しがつくと思うが)

そして、今回の終盤。ミチルによって山辺秀太郎が岡田警視の実の父親だということが明かされた。前回はまさかそこまで深いつながりがあったとは思わなかっただけに少々面食らった所はあるが、こうなってくると次回が楽しみだ。

というのも、この事実によって岡田警視が滝沢美和と水地佳奈の両方の面を併せ持つ人物だということになり、なおかつ事件とかなり密接に関わる人物でもあるからだ。

前回「エリートだと思われているけどそうでもない。生まれ持った知性・品格がそうさせた」的なことを仄めかしていたのは、エリートの親に生まれたものの、離婚して母方の姓を名乗っている伏線だったのだね。

さーて、そうなってくると“あの真相”に対して岡田警視が最後にどういった方向に転ぶのかが気になってくる。今まで葉村の味方側として物語に介入してきたオリジナルキャラクターだが、間宮さんが過去に演じてきた役柄が役柄なだけに大きく裏切ってくる展開も完全否定できないから、ファンとしては非常に楽しみですね、うふふっ。

 

・小島のリスト

あ、蛇足ながら小島が持っていたリストについて触れておくと、あれは小島の顧客リストではなく、ミチルが綾にあげたアドレス帳の一部。小島は綾から金を巻き上げた時にこのリストを取っただけにすぎない。ということで、事件とは無関係。

 

書籍紹介

今回劇中に登場した3冊のうち2冊は未読。ミステリマニアとはいえ、やはり海外は未履修の作品が多くて勉強不足だと思い知らされる。

 

アガサ・クリスティー『復讐の女神』

復讐の女神 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

アケミがミス・マープルは凄い」と思った作品。正直言うと私はこれよりも『ポケットにライ麦を』のマープルの方が凄いと思ったのだが、感じ方は人それぞれなので置いておこう。

本作はカリブ海の秘密』でマープルと共に殺人犯を追った大富豪・ラフィール老人の死から始まる。マープルは、生前ラフィール翁が遺した依頼を解決するために、彼が用意した「英国庭園バスツアー」に参加する。ラフィールが依頼した「過去の殺人の真相解明」に乗り出したとはいえ、そもそも誰が殺されて誰が捕まったのか事態が不明瞭になっているのが本作最大の特徴であり、それがサスペンスを盛り上げている。

ちなみに、タイトルの「復讐の女神」とはネメシスを指す。

ja.wikipedia.org

ネメシスの行う復讐は神罰であり、義憤からくるものだ。ここに来て劇中でこの作品を入れてきたということは、次回の葉村が「復讐の女神」として真相を暴き立てることを予感させる。

 

〇マーサ・グライムズ『「悶える者を救え」亭の復讐』

「悶える者を救え」亭の復讐 (文春文庫)

原作未読のため簡潔に紹介。「リチャード・ジュリー警視」シリーズの一作で、舞台はドイルが著した『バスカヴィル家の犬』と同じダートムア。そこで起こった子供の連続惨殺事件を追ってジュリー警視とサム・スペード気取りの刑事が火花を散らす物語らしい。

 

〇コリン・デクスター『キドリントンから消えた娘』

キドリントンから消えた娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

こちらも原作未読のため簡潔に紹介。「モース警部」シリーズの長編二作目。行方不明になった女子高生から両親に手紙が届くが、モース警部はこの手紙は偽装されたものであり、女子高生は死んでいると直感して捜査を進める物語。女子高生の失踪を扱った所は今回の原作『悪いうさぎ』と共通している。

『毒薬の輪舞』は泡坂版『盲目の理髪師』である

久しぶりの読書感想記事。紹介するのはこちら。

 

毒薬の輪舞 (河出文庫)

遠藤憲一さんがカバー表紙になっているけど、別にドラマ化する訳ではない。でも本作の主人公である海方刑事をやるとしたら、まぁエンケンさんが妥当だとは思う。

ただ、本作は精神科病棟が舞台なので、今の時代はどう転んでもドラマ化することはないだろう。あったとしてもネット配信止まりで地上波TV放送は無理。なので読みましょう。これはトリックが凄いとか以前に話が面白い。登場人物の会話を読むだけでも面白いのだ。

 

本作のあらすじは以下の通り。

鳴らないはずの鐘楼の音が聞こえたとき、事件がおきたーー。

夢遊病者、拒食症、自称億万長者の妄想患者、狂信者、不潔恐怖症、休日恐怖症のサラリーマン、誰も姿を見たことがないという特別室の入院患者など、怪しすぎる人物が集う精神科病院で続発する毒物混入事件。そして遂に犠牲者が……!

犯人は? 使用された毒物は?

病棟に潜入した海方と小湊は事件を解決できるか?

海方シリーズ第2弾!

(裏表紙を引用)

 海方刑事は一応シリーズもので、本作と前作『死者の輪舞』がある。別に前作を読まなくても本作は十分面白く読めるようになっているのでそこは御安心を。

 

実は上記に引用したあらすじの中で「続発する毒物混入事件」とあるが、これはちょっと誇張した書き方で本の内容に即していない。正しく言うのなら「続発する異物混入事件」。毒物が混入されたのは実質2回ほどで、その前に3回ほど水に強い苦味のある薬品が混入する事件が起こっているのだ。更には何も細工された形跡のない缶に、表示内容と別の飲料が入っていた事件もあるから、それもカウントすると都合6件の異物混入事件が本作で起こる。

メインは異物混入事件だが、他にも病院内では目の光る幽霊が目撃されたり、過去に未知の毒物開発が行なわれていた噂があったりと、事件に関係あるのかないのかわからない出来事がいくつもあるのだ。

 

この何が起こっているのかわからないほど大量の情報が読者に提供される展開に既視感を覚えたのだが、その既視感の正体は以前読んだジョン・ディクスン・カーの『盲目の理髪師』だった。

盲目の理髪師【新訳版】 (創元推理文庫)

『盲目の理髪師』も豪華客船という限定的な舞台上で政治スキャンダルを巻き起こすフィルムが盗難に遭ったり、エメラルドの象が盗まれたり、瀕死の女性が消失したり、酩酊者のドタバタ劇があったりと、際限なく色んな出来事が起こるんだよな。

だから、『毒薬の輪舞』は泡坂版『盲目の理髪師』だ、と言って良いのかもしれないが、『盲目の理髪師』ほどとっ散らかっている訳ではない。異物混入というメインの事件がある分、こちらの方がまだ頭の中で整理がつくというものだ。

また、『毒薬の輪舞』では各章に必ず一つ以上、薬品や毒物、化学物質に関するウンチクが入っており、それも物語に統一感を与えていると言える。このウンチクだけでも読み物として十分に面白いのでオススメである。

 

謎解きの部分は海方刑事が関係者を一同に集めて行う古典的なスタイル。そこで明かされる事実は事件と直接関係のないものまで含まれ、これまで描かれていたアレコレが全て伏線となって押し寄せて来る。特に事件関係者の“とある関係”がひっくり返る真相は圧巻モノだ。

 

 

最後に、ネタバレ感想を伏せ字で書いておく。読む場合はドラッグ反転してね(薬品を扱う作品だけにドラッグ、なんてね ♪)。

(ここからネタバレ感想)メインの毒殺事件は、言ってみれば「偶然の収束」によって起こったものであり、それ自体は特別凄い訳ではないが、事件の根底にある「入院患者全員が佯狂で、医者や看護師がむしろ病を抱えていた」という真相は驚き。正常が異常で異常が正常というどんでん返しのために、意味ありげな数式や規則性のあるホラ、小湊が目撃したものに関する矛盾点などが各所に配置されているのが最大の評価ポイントだ。

全員の嘘によって一人の子供が死んでしまったのだから、悲劇であることに変わりはないが、そんな感じがしないのは、やはり海方刑事のキャラクターと小気味よい台詞回しのおかげだと思う。っていうか、最初の缶の小細工はアンタの仕業だったんかい!(ネタバレ感想ここまで)

雪のペンションは永遠のロマン、「アリバイ崩し承ります」4話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

こう毎回お風呂シーンが続くと誰かしら由美かおるさんを思い出しませんかね?

(何を言っているかわからない方は「水戸黄門」で調べてみてください)

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵と山荘のアリバイ」

今回は原作6話「時計屋探偵と山荘のアリバイ」。原作では刑事の〈僕〉が休暇中に事件に巻き込まれ、容疑者として捕まった少年・原口龍平を助けるべく、帰省早々美谷時計店に駆け込む…という展開になっているが、ドラマではペンション拘留中に察時が時乃に応援を要請し、「出張アリバイ崩し」として時乃が山梨まで駆けつける展開になっている。また、渡海は時乃の〈アッシーくん〉として同行し、親の権威を利用して捜査情報を収集する役割を果たす。

これまでは渡海のボンボン設定が牧村や綿貫のヨイショ的態度につながっていて、彼らの態度にやや辟易とさせられていた所があったが、今回はボンボン設定が有効活用され、ここにきてやっとドラマオリジナルキャラとしての設定が花開いたな、というのが個人的な意見。

 

事件概要についてはほぼ原作通りだが、注目すべきポイントは2つ。

①ペンション裏口から時計台へ続く足跡(サイズ25cmの往路長靴の往復路

②察時が黒岩と時計台を目撃した時刻(午後11時~11時10分

現場の状況から見てサイズ25cmの往路は黒岩のものであり、その足跡の上に長靴の往路があったため、時計台には「黒岩→犯人」の順で来たと考えられ、更に察時の目撃証言から、犯人は11時10分以降に時計台に来て黒岩を殺害したと推察。ペンションのオーナー夫妻と宿泊客4人のうち、唯一11時10分以降のアリバイがなかった原口少年に容疑がかかった…ということである。

今回は前回のように犯人が意図的に原口少年のアリバイを消した訳ではないので、アリバイ探しではなく、彼以外の容疑者に成立したアリバイを崩して犯人が誰か特定するフーダニットものになっているのが特徴。

 

そして、謎解きのポイントは足跡。黒岩は一度立ち止まって時計台に行ったにも関わらず、黒岩のものと思しきサイズ25cmの往路に立ち止まった形跡がないことから、黒岩の往路は長靴の往路ということになり、長靴の往路はサイズ25cmの往路を踏んでいたことから実際は「犯人→黒岩」の順で時計台に来たと時乃は推理する。

つまり、現場に残った足跡はサイズ25cmの往路(犯人)長靴の往路(黒岩)長靴の復路(犯人)に分けることが出来るのだ。

更に、黒岩が自分の靴ではなく長靴をはいていたこと・周囲を気にしていたことから黒岩が犯人を殺そうとして返り討ちに遭ったという真相が導き出され、靴の入れ替えによって犯人がサイズ25cmの自分の足跡を黒岩の足跡に偽装したというのが、本作の秀逸な点だと言える。

 

実は劇中では言及されなかったが、黒岩の死体が手袋をしていたというのも黒岩が加害者として時計台に訪れたという“消極的”な手がかり(現場や凶器に指紋を残さないようにするため)になっている。いくら外が寒いとはいえ、ペンションと時計台は目と鼻の先。長時間外で話すのならともかく、時計台で話し込むのに手袋を着用して行くというのは不自然。ということで、足跡に着目しなくても手袋の違和感に気づければ、返り討ちの真相を暴くことは可能だったのだ。

 

さて、以上の推理から犯人を示す条件は、

①黒岩と同じ、サイズ25cmの足の人物。

②午後11時~11時10分のアリバイがなかった人物。

ということになり、これによって②の時間中に察時と一緒にいた原口少年はアリバイ成立で無実が証明され、①②の条件に当てはまる野本和彦が犯人だと特定された。

 

あ、蛇足ながら犯人特定の条件①について補足説明をしておく。

もしかすると視聴者の中には「黒岩に呼び出された犯人があえて自分の足のサイズより大きい靴をこっそり盗んではいて行った可能性があるのでは?」と思った方もいたかもしれないが、犯人に実は黒岩を殺す動機があり、その目的で時計台へ赴いたと仮定しても、普通は誰かの靴を盗んではいて行くなんてリスクの高い行為をとらず、長靴をはいて行くだろうし、盗んだ靴の当人に強固なアリバイが成立した場合、その努力は水の泡となる。

そもそも、上記で説明したように、黒岩が返り討ちに遭って死亡したのはあくまで偶然のアクシデント。予知能力者でない限り、自分が殺されると思わないのだから、当然自分の靴で時計台に赴いたことになり、よってサイズ25cmの往路(犯人)は偽装されたものではないと言えるのだ。

 

今回は雪の足跡と時計台が事件の謎解きに関わる要素であると同時に物語に情緒をもたらす題材になっていた。正直地球温暖化暖冬になっている昨今、雪が積もっているロケ地で時計台のセットを建てて原作通り映像化するのは難しいと思っていたから、「時計台は絶対に必要だから建てるだろうけど、どうせ雪の足跡は雨でぬかるんだ地面についた足跡に改変されるだろうな」と予測していた。しかし、その思いに反してキッチリ原作通り雪のペンションを舞台に映像化してくれたことが非常に嬉しかったのだ。

普通の視聴者にとっては別に大したことではないと思うが、ミステリ好きとして「雪が降り積もるペンションで起こる殺人」というのは永遠のロマンなんだよね。分かってくれるかな?

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(足跡のアリバイと無罪証明)

今回は足跡が謎解きのポイントとなったが、本格ミステリにおいて足跡をテーマにしたアリバイ崩しはあまり見かけない。どちらかと言うと足跡は密室殺人の謎に使われる場合が多く、犯人が足跡を残さず出入りした密室(カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』『黒死荘の殺人』)とか、犯人の侵入は認められるが出た形跡の無い密室(横溝正史『本陣殺人事件』)という形で扱われている。

ただ、今回のドラマのような形式のアリバイ崩しが全く無い訳ではない。過去に堂本剛さんによってドラマ化され、水曜日のダウンタウンでトリックが検証された、あの有名ミステリ漫画からこちらをご紹介しよう。

 

金成陽三郎(原作)/さとうふみや(漫画)「金田一少年の殺人」

金田一少年の事件簿」シリーズは「名探偵コナン」と並ぶ謎解き本格ミステリ漫画の代表作だから、今回紹介する「金田一少年の殺人」がどういう事件でどんなトリックが使われているのか知っている人の方が圧倒的に多いと思うが(なんなら現在発売されている「金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿」でネタバレされているし…)、改めて説明しよう。

 

金田一耕助の孫・金田一はじめは、知り合いのフリーライター・いつき陽介の依頼で、人気作家・橘五柳が開催する誕生日パーティーで行われる暗号解読ゲームに参加することになった。そしてパーティーの夜、橘は何者かに殺害され、金田一が殺人容疑で逮捕されてしまう。金田一は容疑を否認するが、犯行現場の離れの書斎に向かう地面に残った足跡は彼のものだけで、他には足跡どころか地面に何の痕跡も見当たらなかった…。

 

金田一が犯人でないことはわかっているので、この事件を「足跡なき密室殺人」に分類することも出来るが、見方を変えれば彼以外の事件関係者全員が「足跡のアリバイ」によって守られていると言えるだろう。そのため、金田一は警察から逃げながら真犯人に迫り、足跡のアリバイを崩すことになる。

メインは足跡のアリバイにあるが、橘が仕掛けた暗号も事件に大きな関わりがあり、それによって連続殺人に発展していくサスペンスな展開も素敵なんだよな。

 

で、肝心の足跡トリックについて。フィジカルなトリックで映像映えすることは間違いないが一点気になることがあって、もし使用人の菊さんが(一応伏せ字)寝室のドアを180°全開にしておかず、90°未満の角度で開いた状態にしていたら本館のドアと別館のドアの橋渡しは成立しない(伏せ字ここまで)ことになり、犯人にとって都合の悪いことになっていたという点。あくまで犯人は(一応伏せ字)菊さんに「寝室の風通しをよくしてくれ」と言っただけなので、ドアを完全に開かなかった可能性も大いにあったし、もしそうなっていたらまた電話をすることになって(伏せ字ここまで)余計な疑惑を生む結果になっていたと思うから、フィジカルな面と合わせてリスクの高いトリックだなと思っている。とはいえ、計画的ではなく咄嗟の機転でこのトリックを用いた犯人の頭の良さは評価すべきだろう。

 

金田一少年のシリーズではこれ以外にも「雪影村殺人事件」で犯人の足跡なき殺人を描いている。ただしこちらはアリバイ崩し要素はなく、不可能犯罪(屋外密室殺人)の色が強い。

“シリーズ最悪の事件”開幕、「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」5話

悪いうさぎ (文春文庫)

♡もう正直これだけで今回90点(100点満点中)あげてもいいですねっ!!♡

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

『悪いうさぎ』

今回から最終回にかけて描かれる物語の原作は『悪いうさぎ』。葉村晶シリーズ初の長編で、第55回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補

家出したとある大企業の会長の娘・美和を探して欲しいという依頼を受け、葉村はその娘の友人ミチル接触するが、しばらくして某公園で美和の友人の一人である綾子(ドラマでは綾)が扼殺死体で発見される。

序盤はこんな感じで話が進み、今回は原作(文春文庫版)の188頁辺り(前半戦、第8節)で終わった。

 

原作は葉村がMURDER BEAR BOOKSHOPに勤める前の事件のため、物語は家出した平ミチルを家に連れ戻す所から始まる。ちなみに、本作は葉村晶シリーズ中最悪の事件と称されるほど、葉村が酷い目に遭い、事件の真相もなかなか胸糞悪いものとなっている。原作既読者の立場として言うが、今回のドラマの始まりはまだ穏当な方で、原作の葉村は序盤からどエライ目に遭っている。これは是非読んで確認してもらいたい。

また(恐らくドラマでは映像化されることはないと思うが)、原作では失踪した娘の捜索だけでなく、葉村の友人の彼氏が結婚詐欺師ではないかという疑惑が浮上して葉村が独自調査したり、葉村が住んでいたマンションの大家さんから、店子のストーカーを追跡してくれと依頼が来たり、本筋の調査以外にも足を突っ込んでいてずっと忙しい。葉村にとって心も身体も休まる時がないのだ。

 

当初は「全3回に分けて放送するのだから、3分の1読んでドラマ見て、また3分の1読んで…」って感じで小分けにして読む予定だったが、原作が存外に面白かったのと、登場人物が多く人間関係がやや複雑な所があったため、一気読みしてしまった。

という訳で、原作既読者からみた今回の注目ポイントを以下に挙げていこうと思う。

 

「悪いうさぎ X」注目ポイント

・平ミチル

原作で葉村と行動を共にする一方、隠し事の多い女子高生ミチル。普段はカツラをかぶって生活しており、親の前ではカツラを外してショートカット姿になっている。何故彼女はこんな行動をとるのか?これには平の家が抱える“ある事情”が関係している。そのヒントは、母親貴美子がミチルにかけた一言にある。

 

・カナ

美和のコートに入っていたハガキに書かれた「カナ」という名前。そしてハガキに書かれていた「三日で全額払えるくらい」ワリの良いバイト。美和の友人だと考えるとこのカナなる女性も年の近い女性のはず。そんな若い女性が就ける高額バイト…?どう考えても危ないニオイしかしないが…。

 

・滝沢喜代志と平義光、そして野中則夫

もうドラマの公式HPで人物相関図が公開されているが、この三者は共通のつながりがある。詳しくはネタバレになるので今回は言わないが、このつながりが今後非常に重要になってくるので覚えておくように。

 

山辺秀太郎と岡田警視

ドラマオリジナルキャラクターである岡田警視が接触を図っていたのは、滝沢や平らとつながりのある山辺秀太郎山辺という苗字ではないが、原作では某省のキャリア公務員・新浜秀太郎という名が出てくる。ということは、ドラマの山辺は原作の新浜に相当すると予想されるが、彼が岡田警視に接触する理由も今後意味を成して来ると思うので一応注目しておく。

 

・〈ホン・コンおばさん〉

山辺との接触後、酔った状態で岡田警視は〈ホン・コンおばさん〉を求めてMURDER BEAR BOOKSHOPに立ち寄る(あの場面、ホント最高だったな…♡)。

案外まともな犯罪―ホン・コンおばさんシリーズ (Hayakawa pocket mystery books)

私は〈ホン・コンおばさん〉シリーズ未読のため、ネットで調べた情報を元に紹介すると、このホン・コンおばさんの本名はオノラブル・コンスタンス・エセル・モリソン=バーク。イギリスの女流本格ミステリ作家、ジョイス・ポーターが生み出した女探偵で、オノラブル・コンスタンス(Honourable Constance)の頭文字をとって〈ホン・コンおばさん〉と呼ばれている。

5つの長編と7つの短編に登場し、貴族の生まれらしからぬザンギリ頭に象のような巨体と、自分の意見は是が非でも押し通す持ち前の傲慢さで活躍する人物らしい。

ホン・コンおばさん(Hon-Con)

岡田警視が好きな探偵として劇中で紹介されたこの〈ホン・コンおばさん〉、一見すると意味のない情報に思えるが、〈ホン・コンおばさん〉の行動理念である「常に社会を正しく導く、貴族たる者の義務」ノブレス・オブリージュは今回の物語と全く無関係という訳ではないのだ

現代日本で貴族は存在しないから、ノブレス・オブリージュ「富裕層の責務」と換言するべきだろうが、これが物語でどう描かれるのか要チェックだ。

 

・小島のリスト

刑事の誰かが言及して終わるかと思っていたら、意外にもしっかり映像化してくれたNHK、やるじゃないか。原作はペンではなくて、昼飯で出されたカツ丼に付いていた割り箸でブスっとやるのだが、問題はそっちじゃなくて小島が所持していたリスト。このリストに美和の名前も載っていたが、これは事件と関係あるのかないのか…?

 

いや~、次回も楽しみで仕方ない。そして英国紳士スタイルの間宮さんをもっと見ていたい。

 

thetv.jp

“崩す”のではなく“探す”、「アリバイ崩し承ります」3話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

 

予告をみたら、来週も風呂に入るみたいだね。特別浜辺さんのファンって訳ではないから「キャー!嬉しい!」とはならないが、やっぱりファンの人は嬉しいのだろうな。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵と失われたアリバイ」

 今回は原作4話の「時計屋探偵と失われたアリバイ」。特定の容疑者のアリバイを崩す所から始まるのではなく、アリバイがなく重要容疑者と目された女性が真犯人に嵌められたと考え、そのアリバイを探す所を起点とした物語となっている。とはいえ、最終的には真犯人のアリバイを崩さなければならないので、今回もこれまでと変わらずアリバイ崩しが為される。

 

事件概要についてはほぼ原作通りで大きな改変もないため、今回は特に言うことがないが、一応どうやって真犯人が河谷純子のアリバイを消し、自分のアリバイを作り上げたかは解説しておこう。

注目すべきは純子の長すぎる睡眠時間。純子のアリバイを消すだけにしては長すぎる睡眠時間にもう一つ別の目的があるのではないかと時乃は疑い、彼女が見た夢の話から、犯人が純子を姉・敏子の替え玉に利用していたことを推理する。

純子のアリバイを消し、なおかつ純子を敏子の替え玉に利用することで、敏子が事件当日11時20分まで生きていたと思わせ、それ以降アリバイがある自分を容疑者圏外におくことを目的とした、一石二鳥の殺人トリックが本作の見所と言えるだろう。

殺害動機は一種の三角関係で、愛人として纏わりつく敏子を抹殺するため。妻殺しの計画とみせかけて愛人を殺すというのは最早定番の動機だが、序盤で察時が妻と揉めていた場面がその動機の伏線になっていたのは良かったと思う。

 

ところで…。ツイッターの実況を見ていると多数の人が今回のトリックについてある指摘をしていた。その指摘というのは、睡眠薬を飲まされていたとはいえ、自宅から運ばれメイキャップされた上に、マッサージまでされて目を覚まさないなんておかしいのでは?」というもの。

この指摘について、これまで様々なミステリ小説を読んできた私が一言述べるなら、

本格ミステリにおける睡眠薬は、一度飲んだらよっぽどのことがない限りは目覚められない万能薬なんだよっ!!」

わかってるよ、現実に用いられる睡眠薬不眠症のためのものだから、動かしたり身体を揉んだら意識が覚醒する可能性は高いし、そもそも動かしても目覚めないなんて麻酔薬でも打たない限りはまず無理だからね!

第一、医者でもないマッサージ師が20時間以上眠らせるためにどれだけ睡眠薬を盛ったら良いのか、なんて知らないもんね普通!

…でもね、本格ミステリにはパズル的な所があって、「結果として〇〇が起こったから犯人は××をしたのだ」という論理が可能なのだ。だから実際に睡眠薬を飲ませて替え玉に利用出来なかったとしても、その点を挙げて揚げ足をとるのはハッキリ言って無粋というものである。結果としてあの状況が生まれた以上、あの世界の睡眠薬は強力なもので、犯人にも(どういう経緯で得たかは不明だが)服用量によって睡眠時間を操れる知識があったと認めるしかないのだ。

 

これは本作だけではなく、他作品でもあること。具体的な作品名は伏せるが、某社会派ミステリとして有名な作品で、世間では凄いと言われている〇〇も、本格ミステリ読者の私からすればツッコミ所は色々あるのだよ。

※その社会派ミステリというのは(一応伏せ字)松本清張の『点と線』(伏せ字ここまで)。

 

真犯人・芝田を逮捕する決め手になったのは、マッサージベッドの下の指紋。原作を読んだ当初は「証拠隠滅の時間は十分あったのに、指紋を残すなんて間抜けな犯人だ」と思っていたが、もしかしたらバレないと思ってちょっと天狗になっていた部分はあるかもしれない。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(アリバイ探し)

今回はアリバイ崩しならぬ「アリバイ探し」から始まる特殊なケース。「アリバイ探し」を描いた作品は国内ではなかなか見当たらないが、先週紹介した鮎川先生は「アリバイ探し」をメインにした話もちゃーんと書いていたのだ。

 

五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)

鮎川哲也「急行出雲」(『五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉』所収)

物語は大阪で恐喝を行っていた三田稔の経歴から始まる。五月某日、三田は何者かに自宅アパートで撲殺され、現場にあった煙草の吸殻から果樹園主の唐沢良雄に容疑がかかる。しかし唐沢は、事件前日の夜に東京発の「急行“出雲”」に乗っており、殺された時刻に事件現場に赴くことは不可能だとアリバイを主張する。

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警察は唐沢の主張を元に、彼が乗っていた11号車の同じボックス席の人物を調べるが、誰一人として、唐沢が座っていたのを見ていないと証言。唐沢のアリバイは成立しないことが判明する。

鬼貫警部も彼のアリバイが嘘だと思っていたが、ある証言を切っ掛けに唐沢が真犯人に嵌められたと確信し、彼の「アリバイ探し」をする。

真犯人に嵌められたのならば、どうやって唐沢はアリバイを“消された”のだろうか?

 

間違った客車に唐沢を乗せたとしたら、どうやって唐沢を誤らせたのかがわからないし、ボックス席の乗客全員が偽証をしているというのも現実離れしている。本作が発表された頃は国鉄によって運営されていたが、現代では到底使えないトリックを用いているのが面白い。勿論、今を生きる読者諸君も本文をちゃんと読んで、列車のある点について疑問を持てば謎を解くことは十分可能だ。

 

ちなみに、海外作品でアリバイ探しを扱ったものを挙げるなら、ウィリアム・アイリッシュの『幻の女』フレドリック・ブラウンの「踊るサンドイッチ」(『復讐の女神』所収)くらいだろうか。私は「踊るサンドイッチ」は未読なのでそちらが面白いかどうかは知らないが、『幻の女』は過去に日本でもドラマ化された有名作なので一読の価値はあるよ。

幻の女〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)復讐の女神 (創元推理文庫 (146-14))

彼岸を描く悪魔と此岸へ戻す警視、「ハムラアキラ~世界で最も不運な探偵~」4話

依頼人は死んだ (文春文庫)

前回がアンチ・ミステリならば、今回は冒頭で葉村が言ったようにホラーと呼ぶべきだろう。

これまでは原作未読でドラマ視聴を続けてきたが、今回からは原作既読で臨むことにした。来週から最終回までは『悪いうさぎ』がドラマ化されると聞いたので、それも購入。一気に読まずに少しずつ読んでいくつもり。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

「濃紺の悪魔」「都合のいい地獄」

今回の原作は『依頼人は死んだ』所収「濃紺の悪魔」「都合のいい地獄」。原作の一番最初にくるのが「濃紺の悪魔」でその間に先週放送された「わたしの調査に手加減はない」を含む7編の事件がはさまり、最後に「都合のいい地獄」となる。一応連作短編集という形式のため、合間に挿入された事件が最後の「都合のいい地獄」に関係してくるのだが、具体的なことについてはおいおい話すとして、事件についてざっくりと。

 

前半の松島詩織の事件は原作の「濃紺の悪魔」、後半の葉村と“濃紺の悪魔”との駆け引きは「都合のいい地獄」が元になっている。

経営家として人気の松島が葉村たちに身辺警護を依頼するが、連続する嫌がらせ行為や奇禍、更に2週間という限定的な警護依頼に葉村は違和感を覚える。松島にその点を問い質すと、彼女は数週間前に“濃紺の悪魔”と死の契約を交わしており、それが原因で命を狙われているというのだ。

しかし、葉村は嫌がらせ行為をした人間を調べていくにつれ、これまでの奇禍は松島の自作自演ではないかと疑う。一連の事件は彼女の自作自演なのかそれとも…?

 

原作では最後に“濃紺の悪魔”の存在が仄めかされ、一旦事件は幕を閉じるが、後にとある犯罪者の自殺が起こり、そこで彼の存在が再浮上。彼は葉村に「その犯罪者がなぜ殺しをしたのか、その動機を教えるから指定の場所に来い」と言い、一方で葉村に近しい人物が数十分後に別場所で死ぬかもしれないと仄めかす。「殺人の真相」と「生命の危機」、葉村はその選択に悩むことになる。

ドラマではその犯罪者が葉村の姉の珠洲に置き換えられており、濃紺の悪魔はそれを取引材料に用いて葉村を翻弄した。

 

今回は野間口徹さん演じる濃紺の悪魔が捕らえどころのない、実在さえも疑ってしまうような幻想味溢れるキャラクターを演じていたため、原作未読だとこの話をどう捉えるべきか間違いなく迷ったが、原作を読んでいたおかげである程度この物語の輪郭を掴めた気がする。

 

「たいていの人間は無意味な死を遂げる。(中略)いつやってくるかわからない、その死の恐怖に怯えながら生きているのが人間だ。地獄だと、思わないか」

「(前略)ある人間の死が無意味なら、そいつの生だって無意味だ。自分の人生なのに都合も予定もたてられないんだぜ? だから俺は松島詩織を初めとして、いろんなやつらに、自分の死を選ばせてやった。(中略)この先、いつまでも地獄で無意味に生き続けるより、やつらの生は、自分自身でピリオドを打つことで、はっきりと意味あるものになったんだ」

 上で引用したのは、原作で葉村に対して語りかけた濃紺の悪魔の人生観とでも言うべき一言。

後に明かされる濃紺の悪魔の経歴を知れば、彼が人の不幸や不条理な死を見すぎた結果、こういう思想を抱くようになったのかな?とそれなりに理解することは出来る。だとしてもこれは極論・暴論の類だな~と思う。

確かにこの世が地獄であることは否定出来ないが、かといって全てが地獄という訳でもないし、そもそも死に意味付けをするのは生き残った者が死者の生き様(善行・悪行含めて)を正当化するための目的もあるから、本来死そのものに「自然の摂理」以上の意味などないのだ

しかし、濃紺の悪魔は「意味ある死」の妄執に捕らわれ、普段死を意識したことがない人間がぽつりと呟く「死にたい」という感情に付け入り、死の原因となる事象を誘発させてターゲットを彼岸に追いやろうとした。

彼岸という一線を描き出すことで日常に死をもたらす悪魔。ちょっと洒落た感じに言うとこんな具合だろうか。

 

少し話は変わって些末なことについて考える。一応人を死に追いやっているというのに、どうして彼は濃紺の“悪魔”であって“死神”ではないのだろうか?

これは原作を読んだからわかったことだが、濃紺の悪魔には直接死に至らしめるような暗示をかける能力はない。特定の場所に行かせるとか、自分のしたことを忘れさせたり、反対に思い込ませたりする能力があるに過ぎない。人間離れしているように見えるが、結局は催眠術師まがいの人間で、悪魔のように誘発は出来ても、死神ほど死を司れる訳ではないことが原作では説明づけられている。※

 

※誘発によって善にも悪にも傾く人間のモチーフにやじろべえが使われたが、これは原作には出てこないモチーフで個人的に興味深い演出だった。

(2020.02.15追記)

 

ちなみに、ドラマでは濃紺の悪魔がかつて裁判官だったという設定になっていたが、原作では葉村と同じ探偵だったというぼんやりとした経歴しか明かされていない。でもこれだけでも十分意味があって、それだけ探偵稼業が彼岸に片足を突っ込みやすい仕事だということを示しているのだ。

濃紺の悪魔は探偵稼業で出くわした体験によって病的な思想に取り憑かれ、彼岸へ行ってしまった。そして葉村も知らず知らずのうちに濃紺の悪魔によって彼岸に片足を突っ込み、必要以上に彼に関わってしまったことになる。

これはひとえに彼女の優しさというか誠実さが彼に隙を与えてしまった訳なのだが、どこまで事件に関わるか、その線引きを弁えておくのも探偵に必要な能力だな~と感じた。仕事として割り切るべき所は割り切ってしまえということだろう。

 

原作では葉村を此岸へ呼び戻したのは村木や探偵所の所長なのだが、ドラマでは所長は登場しないし村木も負傷しているため、その役目を岡田警視が担う。

物語をミステリとして着地させたり、「誤った真実」を軌道修正させ「真実」へと葉村を導いてきた岡田警視。今回松島詩織の一件を知った彼は、葉村に対して関わり過ぎると彼岸に連れて行かれる案件だということを「深淵を覗く時深淵もまたあなたを覗いている」「好奇心は猫を殺す」の言葉で忠告した。最後に拍手をしたのも、葉村が濃紺の悪魔の拍手によってかけられた暗示を解除し、此岸に戻す意味合いがあったと考えるべきだろう。

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余談になるが、「深淵を覗く時深淵もまたあなたを覗いている」という言葉は19世紀の哲学者ニーチェの言葉らしい。

dic.nicovideo.jp

ニーチェと言えば、私が間宮さんにハマる切っ掛けになった作品ニーチェ先生を思い出して、私はそのつながりに一人喜んでいた。(*^▽^*)

ニーチェ先生 DVD-BOX

崩して浮かぶもう一つの物語、「アリバイ崩し承ります」2話(ネタバレあり)

アリバイ崩し承ります (実業之日本社文庫)

ドラマの前に放送していた「翔んで埼玉」の影響で、成田凌さんをドラマの間ずっと埼玉県人と呼んでいたことをお詫びいたします。

 

(以下、原作・ドラマのネタバレあり)

 

「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」

ドラマ2話は原作1話の「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」に相当する。個人的に現在公開されている9編の中で最もよく出来た話だと思っているのがこの作品で、アリバイトリックだけでなく、それを崩すことで浮かび上がる「真実の物語」にもじ~んとさせられる。そしてトリックが物語と有機的に結びついているのが良いのだよな。

 

事件概要やアリバイについては改めて述べないが、原作と違うのは被害者杏子の弟安嵐は原作だと妹の安奈。また被害者が食べたケーキはモンブランフロマージュブランだったが、原作ではモカフロマージュブラン。そして、原作では背後から刺されて死亡していたが、ドラマでは正面から刺されて死亡したことになっている。特に刺された方向の違いについては映像化ならではのヒントになっていたので後程言及する。

そして、菊谷が述べたアリバイ時刻。原作では夜6~9時の間に居酒屋で友人と飲んでいたことになっており、7時頃に8分間中座した。一方ドラマでは夜6~12時まで居酒屋にいたことになっており(長ぇ!)、7時半に5分間中座した、という形になっている。

 

さて、前回はアリバイ崩しにおいて「別解潰し」が不徹底だったことが不満として残ったのだが、今回は特別それが不満になることはなかった。

というのも、前回は別解を潰していくことでアリバイの強固さが強調され、物語の謎を深めることになったのに対して、今回の場合は別解潰しをしなくても「被害者のSNS投稿」「被害者の胃や十二指腸の消化物」「大学の研究生の証言」によって殺害時刻の裏付けが為されているため、そもそも別解潰しをする余地がそれほど無いのだ

今回も原作に比べると別解潰しは徹底していなかったが、トリックの性質上重要ではなかったから、私は瑕疵だとは思わなかった。

 

以上をふまえて、今回の事件について詳しく解説。ここからガッツリネタバレするので、原作・ドラマをまだ見てない方は要注意

 

今回アリバイトリックを崩す端緒となったのは、研究生が土産として持ってきた塩饅頭を被害者が拒否したこと。この後喫茶店でケーキを食べるにも関わらず「甘いものは控えておく」という理由で拒否したこの些細な矛盾から、時乃はアリバイトリックを暴く。

ところで、原作では「塩饅頭の拒否」も含めて刑事の〈僕〉が時乃に全ての情報を提供してから謎解きが始まるのに対して、ドラマでは察時が時乃に話した段階では「塩饅頭の拒否」という重要な情報は入ってきておらず、そのため私は「時乃はどこを取っ掛かりにしてアリバイを崩そうとするのか?」が気になっていた。

単に調べられる所から調べようと思って大学の研究室にアタックをかけたのかもしれないが、時乃が取っ掛かりにしたものとして考えられるのは「弁当とケーキ」ではなかったかと思っている。

弁当に入っていた「ハンバーグ・卵焼きブロッコリー・プチトマト・白米」とケーキのモンブラン・黄桃・緑色の葉・ラズベリーフロマージュブラン」。この二者の色の相似に時乃が気づいたから、それが単なる偶然ではないと思って事件当日被害者と時間を共にするのが最も長かった大学の研究生にアタックをかけたのだろう…というのが私なりの推測だ。

 

「塩饅頭の拒否」から導き出される「食物をズラすアリバイトリック」も秀逸ながら、それと同時に被害者同意の下で行われた殺人」という真相が明かされるのが本作の凄い所で、これによって菊谷の悪質な動機による犯行だと思われていたものが実は愛する者のために殺さざるを得なかったという悲しい動機によるものだったことが判明。元妻の遺志を継いで悪役に徹しなければならなかった菊谷を思うと何とも言えぬ気持ちになる。ミステリは「見かけ通りではない」ことを明かす物語だが、今回は特にその反転の鮮やかさと物悲しさが印象に残った。

 

実を言うと「被害者同意の下で行われた殺人」という真相につながるヒントは序盤から視聴者に提示されており、それが先程言及した「刺された方向」になる。

いくら元夫だからと言って、ストーカーに対して自宅で無防備にも正面から胸を刺されるなど普通はあり得ないし、抵抗して腕に傷が残るはずなのに実際にはそんな傷も争った形跡もなかったのだから、これはつまり被害者自身が刺殺されることを望んでいた事実を示していたことになる。この改変は映像化としてナイスだったと思う。

 

蛇足

・今回のアリバイトリック、「研究生に弁当の中を見られたらおしまいだったのでは?」という意見もあるかもしれないが、そこから失敗する恐れはなかったと思う。何故なら、(教授の立場である被害者と研究生の関係から考えて)被害者と研究生が隣り合わせで食事をするのは心理的に考えてまず起こらない状況だろうし、仮に見られても大丈夫なように弁当のおかずとよく似た色合いのケーキを用意している。なおかつ、研究生は被害者が「弁当を食べている」という先入観があるため、中を目視してもそれがケーキだと思わなかっただろう。

一応この点に関しては原作でも言及されているが、引っ掛かった人もいただろうからここに書く。

 

・察時のアリバイ崩しに疑念を抱く渡海。「バレた時の展開」「渡海がアリバイ崩しを依頼する可能性」があるかどうか注目していきたい。あと時乃の風呂場での食事シーンは今後も恒例行事のようにしていくのだろうか、そこも注目。

 

「アリバイ崩し」ミステリの紹介(食物が鍵となるアリバイ崩し)

前回に引き続き、今回もオススメの「アリバイ崩し」ミステリを紹介。今回は食物がアリバイ崩しのキーアイテムとなったが、これまでの作品でそんな話があったかな~と振り返っていたら、ありましたよ。

 

五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉 (創元推理文庫)

鮎川哲也「五つの時計」(『五つの時計―鮎川哲也短編傑作集〈1〉』所収)

アリバイ崩しの傑作を読むなら、まず鮎川先生の鬼貫警部シリーズをオススメする。鬼貫警部シリーズも『アリバイ崩し承ります』同様、謎解き特化型の本格ミステリで、鬼貫警部のキャラに凝った所はないが、読むと彼の魅力がわかるんだよな。刑事だけどキツくなく、気さくな感じが特に良い。

そんな鬼貫警部ものの短編で今回は「五つの時計」を紹介。ある男が絞殺され、同じ職場の男に殺人容疑がかかるが、その男の許嫁は別の男が犯人だと言う。しかしその別の男(椙田)にはアリバイがあり、そのアリバイは五つの時計によって裏付けられていた…という物語。

ここで障壁となる五つの時計は「椙田の自宅の時計」「証人の腕時計」「ラジオの時計」「洋品店の時計」「蕎麦屋の時計」。一つ二つならまだしも、この五つをどうやって偽装し、アリバイを構築したのかが見所となる。実は五つのうち四つは真相を聞くと「な~んだ」と思ってしまうようなトリックなのだが、問題は五つ目の「蕎麦屋の時計」。詳しく言うとネタバレになるので婉曲に言うと、これは蕎麦でないと意味がないトリック。寿司やピザじゃ~ダメなのだ。

著者自身はあまり自信作だと思ってなかったらしいが、個人的には鬼貫警部もののアリバイ崩しの中でベスト3に入る位好き。トリックは勿論、鬼貫が偽装工作を疑う部分も注目して読んでもらいたい。