タリホーです。

趣味を中心とした話題に触れていく所存(本格ミステリ・鬼太郎 etc.)

「探偵が早すぎる」シーズン2感想 #7(化学に明るいチンピラ)

カブトムシの呼吸が出来るのなら、一華は虫柱なのかしら。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

7話感想(黒幕編、スタート)

美津山四兄妹との戦いも終わり、ようやく一華にも平穏な日々が舞い戻ったかと思いきや、会社の研究施設で小火騒ぎがあり、一華が消火しようと持って来た消火器に毒ガス「ホスゲン」が仕込まれていたことが判明。ダークウェブ上では彼女の暗殺に一千万円の賞金がかけられており、またしても一華は命を狙われることになる。

という訳で、今回から黒幕編がスタートしたが、これまでと違い敵が表立って姿を現していないのが不気味であり、黒幕探しというフーダニットの要素も入ってくるので、原作にはないサスペンス性のある物語になっていくと予想される。

また、今回から宗介の許嫁である奈々が登場。このいかにもお嬢様的性格な奈々も含めて、一華・奈々・宗介・大谷の四角関係が構築されているのも注目すべきポイントで、これが黒幕予想を更に混迷化させているのが実に憎らしい構成だ。

 

黒幕予想は後回しにして、今回の刺客とトリックをざっと説明すると、刺客はダークウェブの募集に乗った林田・森本(公式Twitterでは「純悪」コンビと呼ばれてた)。林田が一華の研究施設の消火器に毒ガスを仕込んだが未遂に終わったため、次なる手をと彼が考案したのは、地下駐車場を利用した窒息死トリック。

大谷の車のマフラー下に生石灰とアルミ粉の入った筒を用意、これが即席の発煙筒となり、マフラーから垂れた水滴によって化学反応を起こした発煙筒が煙を放出、火災報知器が作動し地下駐車場は防火シャッターで閉ざされ密閉空間となる。こうして一華・大谷が脱出不能状態になった所で消火用の二酸化炭素ガスが放出され、二人は酸欠状態となり窒息死に至る…というのが林田の計画だった。

CO2ガスを密閉空間に放出し自殺もしくは事故に見せかけるというのはミステリ作品でもよく使われる手なので凡庸と言えば凡庸なのだが、これまでの美津山四兄妹がバカの一つ覚えみたいに毒殺トリックを考案していたことを思えば、まだ創意工夫があるトリックだと思うし、ただのチンピラ風情にしてはやけに化学に明るいのもおかしさがある。

 

千曲川自動ブレーキ機能のある車が出合い頭の事故を起こしたという矛盾からトリックを見抜いたが、そこは原作小説と違って視聴者も見抜けるよう作られてはいないので、やはりシーズン2は黒幕編に入ってもトリックの解明が物語のミソとはならないようだ。

 

こうして新たなる刺客や正体不明の見えざる黒幕の存在が発覚し、次回以降は本格的に黒幕探しが始まっていくが、今回の流れを見て、やはり大谷も黒幕として考えるべきではないかな~と思うようになってきた。

というのも、ここに来て彼は一華の婚約相手になる可能性の高い人物として急浮上しており、当然婚約すれば一華が死亡した場合、彼女の資産5兆円は大谷のものになる。となると、婚約前に自分も死にそうになったことをアピールしておけば黒幕と疑われにくくなるし、ドライブに誘ったのは他ならぬ彼なのだから、「純悪」コンビのトリックのお膳立てだって自由に行える。

加害者が被害者を装うというのはミステリではよくある話だが、これは大谷に限らず今回の終盤、何者かによって階段から突き落とされた葉子も同じく疑わしい。本当は誰にも落とされず自分からわざと転落した可能性だってあるし、今の所劇中で一番怪しくない存在であるから、逆に彼女が黒幕なのではないかとも思えてくる。

 

そして今回から登場した奈々も、宗介が一華に気があることを知っており、彼女を疎ましく思っているという点では一華殺害の動機を持った人間の一人ではあるが、正直黒幕候補の中では大穴に近いかな。単なる恋敵ってだけで懸賞金をつけて暗殺を募集するとはちょっと考えられないし、一華の近辺を調べて暗殺募集のサイトに掲載していたことから見てもつい最近まで海外にいた彼女にそれが行えるとは思えない(誰かに委託していたら話は別だが)。

 

相対的に宗介が黒幕の可能性は低くなってはいるが、だとしても彼は物語の序盤から怪しい動きが多いし、今回だって一華の自宅にまで来て様子を見ているというストーカーじみたことをやっているから、怪しいと言えば怪しいのよね。

…いや、でも単に変人なだけで意外と純粋に一華のことを思っているだけかもしれない。そもそも一華って橋田といい千曲川といい、周囲に変人を引き寄せてしまうタイプの女性だからね。あと殺した所で彼女の財産を赤の他人の宗介が受け取れるはずがないから、その点から見ても黒幕である可能性は低くなっている。

宗介黒幕説が弱まっているのは他にも理由があって、それは秋菜未亡人に関係がある。秋菜は一華に報恩の精神を持っており、遺産という形で報いようとしている一方、一華はそれを断っている。となると、直接遺産を渡せないので間接的な贈与、つまり宗介と一華が婚約すれば、宗介経由で結果的に遺産を一華に贈与することが出来るのだ。プロット的に考えても宗介と一華の婚約エンドは十分あり得るし、このまま秋菜未亡人が何もせず一華のお断りを受け入れるとは到底思えないので、メタ的な観点で黒幕予想をしていくと宗介は黒幕でなさそうだし、逆に一華の真の婚約相手になりそうな予感さえする。

 

以上、黒幕予想をしたが、大谷・葉子の二者がまず黒幕の本命枠として先陣を切り、逆に宗介は大きく引き下がって黒幕ではなく一華の真の婚約相手の可能性が出て来たという感じだ。奈々は、う~ん、彼らの引き立て役になりそうかも。

モヤモヤポイント満載の「白蛇蔵殺人事件」はどう料理されたか?(五代目「金田一少年の事件簿」#4)

白蛇村はイモトアヤコが絶対に行きたくない村、第一位だと思う。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

※白蛇村の所在地に関することを加筆しました。(2022.05.29)

 

File.3「白蛇蔵殺人事件」

金田一少年の事件簿R(11) (週刊少年マガジンコミックス)

今回のエピソードは2016年の6月から9月にかけて連載された「白蛇蔵殺人事件」。原作では「聖恋島」の前に起こった事件として描かれており、老舗酒造会社の「白神屋白蛇酒造」を舞台に連続殺人が勃発する。

頭巾で顔を隠した男や酒造タンクで発見される死体など、随所に横溝正史のテイスト(『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』etc.)があり、そういった点から同著者の「飛騨からくり屋敷殺人事件」を思い出した方もいたのではないかと思う。今回も「飛騨からくり屋敷」と同様、仮面の男の正体について疑念が湧いて出たり、酒造経営に関する白神一族内の諍いが事件の重要なポイントとなってくるが、それは事件解説の項で詳しく述べるとして、まずは原作の登場人物をおさらいしつつ、簡単に改変ポイント・注目ポイントを挙げていこう。

 

〇登場人物一覧(括弧内は年齢)

〈白蛇旅館〉(白蛇酒造が経営する旅館)

姫小路鏡花(42):旅館の女将。音松とは内縁関係。

姫小路蒼葉(17):鏡花の娘で仲居。

 

〈白神家〉

白神音松(65):「白神屋白蛇酒造」社長。鏡花とは内縁関係。

白神左紺(38):「白神屋白蛇酒造」杜氏。音松の長男で前妻・天音との間に出来た子。

白神蓮月(?):5年前の火事で死亡したと思われた音松の次男。頭巾を被っている。後妻・鞠乃との間に出来た子。

白神黄介(?):音松の三男で後妻・鞠乃との間に出来た子。5年前の火事以来行方不明。

白神天音:音松の一番目の妻。蛇毒が原因で病死。

白神鞠乃:音松の二番目の妻。酒造所で事故死。

 

〈白神屋白蛇酒造〉

鷺森弦(28):若き杜氏見習い。

黒鷹銀三(52):ベテラン社員。

 

鬼門影臣(?):逃走中の殺人犯

 

原作は逃亡中の殺人犯を追って剣持と(捜査協力で付いて来た)はじめ・美雪が白蛇村を訪れる所から始まるが、ドラマのはじめと美雪は家族ぐるみの旅行で白蛇村を訪れていた所、たまたま殺人犯を追っていた剣持と遭遇するという流れになっている。流石にドラマの剣持は二度しか出会ってない高校生二人と一緒に殺人犯を追ってもらうという暴挙には出なかったがそれはともかく。

ドラマは1話完結の物語ということもあって、鏡花の娘・蒼葉※1と音松の後妻・鞠乃がカットされており、音松の息子たちが腹違いの兄弟でなくなっている。そして死亡した前妻・天音が琴音という名に変更されているが、これは出演者の中に岡山天音※2さんがいるため、混乱を避けるべく改名したと考えるべきだろう。

 

横溝の『犬神家』の要素を元々含んだ原作ではあるが、ドラマは更に『犬神家』のテイストが強くなっており、〈蓮月〉が白い頭巾ではなく黒いゴムマスクをしていることや、白神家を原作では「しらかみ」と読むのに対しドラマは「しらがみ」と濁っていることからもそれはうかがえる。白蛇信仰という本作の設定は原作の『犬神家』に同様のものはないが、市川崑監督の映画では松子夫人が犬神を信仰している場面があるため、個人的にはそういった面でも本作は『犬神家』とリンクする所があって面白さを感じられる。

他にも、ドラマでは屋号が「白神屋」から「白神屋」に変更している等の違いがある。白蛇村の所在地は原作・ドラマ共に不明だが、劇中で黒鷹ら酒造会社の社員が唄っていた「庭に松竹 白蛇様も 黄金銚子は…」という唄の内容から見て、ドラマ版の白蛇村は秋田県にあるのではないかと思われる、というのも秋田県の民謡・喜代節には「庭に松竹 鶴と亀」「黄金銚子に 泉酒」といった歌詞があり、今回のドラマで唄われた歌詞と符号する部分があるからだ。勿論、ドラマ版の民謡はオリジナル曲ではあるが、喜代節を意識していることは間違いなさそうだし、秋田県は有数の米どころなのだから、ドラマ制作陣が白蛇村の所在地に秋田県を選んだとしてもおかしくない。

 

そして公式HPを見た原作既読者ならわかると思うが、原作で用いられた「あるトリック」が果たして可能なのか?と放送前の時点で疑問を抱いた方がいたのではないかと思う。この「あるトリック」については後ほど詳しく解説していくが、原作を読んだ時ですら無理ではないかと思ったトリックを、ドラマはどう映像化するのか、或いは全く違うアプローチで魅せてくるのか、ここが放送前の注目ポイントだった。

 

※1:Twitterの方では蒼葉のカットに対して不満の声が多数上がったが、蒼葉のモデルは『艦これ』の青葉と言われており、それを考えるとドラマで出すには色々厄介なような気が…(単に尺の問題でカットしただけかもしれんが)。

※2:ちなみに岡山さんは四代目・山田版の連ドラ初回「銀幕の殺人鬼」で第一の被害者・泉谷シゲキを演じている。この回は遊佐チエミを演じた上白石萌歌さんも出演しており、鷺森を演じた岡山さんと美雪を演じた上白石さんは約8年ぶりの共演を果たしたことになる。

 

原作の事件解説(難あり・モヤモヤありの事件)

Who:長男と三男の相似、鞄の持ち方、鞠乃の事故現場、完璧すぎる片付け

How:左紺との入れ替わり・二重底の酒造タンクによるアリバイトリック

Why:「白蛇酒造」存続の障害となる人物の抹殺と復讐

本作は頭巾で顔を隠した男〈蓮月〉がいることで、否応にも(過去作の真相も踏まえて)仮面の中の人間の入れ替わり、つまり被害者と加害者の入れ替わりを疑ってしまうが、〈蓮月〉に注目させておいて実際は左紺と鷺森が入れ替わっていたというのが今回の事件の重要ポイント。特に本作では逃亡中の殺人犯・鬼門や行方不明の三男・黄介といった入れ替わり可能な人物が配置されていることもあって、より頭巾の男の方にミスリードされやすい作りになっているのがミステリとしてうまい手と言えるだろう。

しかし、左紺と鷺森(=黄介)の入れ替わりに関しては正直無理があるように見え、あまり良い意味で騙された気がしないのも確か。作中では4話の黒鷹との会話で左紺と黄介が「若い頃の音松さんにそっくり」と言われていることから、長男と三男が似ていた※3ということは一応手がかりとして提示されてはいるものの、一卵性双生児でもないし腹違いの兄弟なのだから(体格や背格好はまだしも)声質まで同じというのは流石にあり得ないと思うし、黄介は整形手術で鷺森に化けていたことから考えて目元も当然左紺と違っていたはずだから、眼鏡を外したくらいでベテラン社員の黒鷹を騙せるとは到底思えないのだ。剣持は「顔形が似てれば声帯とかの形も似てくる場合もある」と言っているが、二人の生育環境(特に行方不明後の黄介の境遇)が違っていることを加味するとちょっとこの剣持の意見は作者の自己弁護のように聞こえてしまう。

酒蔵で作業するための白色の作業服・帽子・マスクを着用していることもあって、パッと見にはわからなかったとしても、声の抑揚や歩き方といった些細な点一つ違うだけで違和感は出て来るし、特に入れ替わり後に鷺森は左紺のふりをしながら黒鷹と会話をしているため、よっぽど演技力がないと成功しないと思われる。これはあくまで私個人のトリックとしての好みもあるので客観的に評価出来ない部分もあることは承知の上で言わせてもらうが、やはり本作の入れ替わりトリックには無理があるという評価を下さざるを得ない。

 

※3:ここの相似の下りは横溝正史悪魔が来りて笛を吹く』の代数の定理「a=x,b=x,すなわち a=b」を彷彿とさせる。

 

入れ替わりトリックはともかく、アリバイ作りのため酒米貯蔵用の桶の蓋を利用して酒造タンクを二重底にするトリックは面白いしユニークな出来栄えだと思う。特にもろみ酒が桶の蓋のカモフラージュとして作用していることや、酒造会社の特性を活かして他のタンク(=左紺が隠されたタンク)を調べさせないよう状況が作られているのが秀逸な部分ではないだろうか。

ただ、左紺をタンクに入れて蓋をし、上からカモフラージュ用のもろみ酒を入れたとなると、プラスチック製のタンク内は空気穴のない密閉空間だった訳であり、いくら昏睡状態とはいえ左紺は酸素欠乏症を発症し窒息死していたのではないかという疑問が出て来る。すぐに溺死させた〈蓮月〉はともかく、約半日もの間左紺はタンク内で眠っていたのだからどうしてもそこは気になる点だ。

www.suvtech.kohal.net

上の記事で酸素欠乏症に至るまでの目安時間(体重・呼吸量・部屋の空気の体積等)が言及されているので、それを読んでいただければより明確にわかると思うが、仮にタンクの容量を7000リットル※4と見積もっても、酸素欠乏症にならない時間はせいぜい6時間程度だ。左紺がタンクに入れられたのは殺害前日の午後7時45分~午後8時45分の間なので、翌日の午前3時以降には間違いなく酸素欠乏症の徴候が出ていたはずだ。そして、死亡推定時刻が死体発見の1時間~2時間前(5話)という検死結果と4話の黒鷹の言葉――「朝には(酒が)ちゃんと入って」いた(=朝の時点ではまだ隠されていた)――を合わせて考えれば、折れた櫂棒で左紺を刺した時には少なくとも酸素欠乏症で瀕死かあるいは死亡していなければおかしい。当然死体を検めれば窒息の状況等はすぐにわかってしまうので、やはり死因や検死結果に矛盾が生じてしまう。

前述した左紺との入れ替わりトリックも含めて、フィクションとしては面白いし成り立っているものの、現実的に突き詰めて考えていくとおかしい点や無理が生じるのが本作「白蛇蔵」のトリックの難点と言えるだろう。

 

※4:酒蔵にあるタンクの中はどうなっている?─ 現役蔵人が潜入してみました! | 日本酒専門WEBメディア「SAKETIMES」を参照。

 

〇犯人特定の3つの手がかり

はじめが左紺と鷺森の入れ替わり、そして鷺森=黄介を見抜いたポイントは3つあると言っていたが、その一つ目となるのが一番蔵に入る時と出た時の左紺の鞄の持ち方の違い。剣持曰く「フォー・スタンス理論」の観点から見ても、握り方の違いで別人か同一人物か判断するのは可能とのことだが、一応この理論について調べてみた。

ameblo.jp

ameblo.jp

(色々調べてみて ↑ のブログ記事が今回の内容的に一番しっくりきたので紹介しておきます)

 

「フォー・スタンス理論」はスポーツ、特にゴルフなどで用いられるスポーツ理論で、自分に合った体の使い方でスポーツを上達させるのに有用だとされている。電車やバスの吊り革の握り方でも、指だけでゆるく握る人はAタイプ、手のひらでしっかり握る人はBタイプといった具合に分類が可能なようなので、一応説得力ある理論であることは間違いないようだ。

ただ、かなり専門的な知識なので、これを犯人当てミステリの手がかりとして提示したのは少々アンフェアな気がしないでもない。まぁ、問題編(7話)で鞄の持ち手の部分がハッキリ映っていることや、はじめと剣持の会話(「ワイドショーでちらっと観た覚えがある」「警察の中ではよく知られた話」「監視カメラの映像の分析に使われる」)でこの監視カメラの映像が手がかりであることが強調されているため、一応フェアにはなっていると判断して良いが、う~ん…。この手がかりのフェア性については他の方の意見もちょっと聞きたい所ではあるな。

 

二つ目の手がかりは鞠乃の事故現場について。蒼葉や他の従業員は事故現場がタンクの洗浄場であると誤解している、或いは全く知らないのどちらかなのに対し、事故のことを詳しく知らないはずの鷺森が正しい事故現場(取水場)を知っていた。これにより、はじめは鷺森が白神家の身内が化けた者と見抜いたが、この手がかりについて詳しく述べていきたい。

6話の黒鷹の証言から、鞠乃の事故死を直に知っているのは音松・黒鷹・鏡花の三人であり、蒼葉は母親からその事件のことを聞いているため、一見すると蒼葉が言った「事故現場はタンクの洗浄場」という情報の方が正しいように思ってしまうが、実は5話で音松が事故のことを話しており、それによると「警察の見解は水に濡れた渡り廊下から足を滑らせ、咄嗟に掴んだホースが運悪く首に巻きついて首吊り状態になった」と述べている。それを踏まえた上で6話を見ると、事故現場と思しきタンクの洗浄場には手すりがあるのに対し、取水場は手すりがなく「階段が急で渡り廊下が滑る」という状況に加えて鷺森の「昔あそこで人が亡くなる事故」があったという発言まである。

この三者の発言と現場の状況を照らし合わせれば、蒼葉の情報の方が間違いで、音松・鷺森の情報こそが正しい=「実際の事故現場は取水場」と論理的に推理することが可能なのだ。特に音松が言った「水に濡れた渡り廊下」が重要となってくるが、作中でさらっと言われていることもあって、この手がかりはなかなか気づきにくいのではないだろうか。仮に蒼葉と鷺森の矛盾がわかっても、音松の証言と合わせて考えないとこの二つ目の手がかりはアンフェアと判断してしまいそうになる(実際初読の段階ではアンフェアだと思ってました…汗)

 

そして三つ目の手がかりは6話で音松が自宅の居間で暴れた出来事が関わってくる。この時、鷺森は音松が荒らした居間の片付けをしていたが、白神家全員が揃った家族写真と全く同じ状態に家具や調度類が元通り片付けられていた。この完璧すぎる片付けが三つ目にして最大の手がかりだ。

実際記憶だけを頼りに写真の通り家具・調度類を元通り戻せるかというと正直無理ではないかと思うが、身内でない第三者なら尚更トロフィーの位置や帽子がかかっていた場所など知っているはずがないので、この三つ目の手がかりは二つ目以上に鷺森が身内の人間であることを示す手がかりになっている。

この手がかりについて、割と簡単にわかった人もいたと思うが、片付けられた居間と写真を間違い探しのように見てしまうと逆にそれが盲点となってわからなくなってしまうという点では実に絶妙な手がかりではないだろうか?(実は私、その見方をしてまんまと作者の術中にハマってしまいました…orz)

 

以上、3つの手がかりについて言及したが、この3つの手がかりでわかるのは「左紺と犯人の入れ替わり」「鷺森が白神家の人間=蓮月か黄介」の二つであり、ここから「鷺森=黄介」まで推理を進めるとなると、前述した左紺と黄介の相似を材料にしなければならない。が、肝心の入れ替わりトリックに無理があるため、鮮やかな推理としてまとめにくいのが本作のフーダニットとして惜しい点だ。

 

〇犯人の動機と「黒幕」の思惑

本作の犯行動機が左紺への復讐という点についてはこれまでの犯人たちと大体同じだが、鬼門や(この後言及する)黒幕の殺害も含めると「白蛇酒造」存続の障害となる人物の抹殺という、シリーズ中でも珍しい犯行動機となる。特に今回の事件は事業経営の采配による一族内の確執が原因のため、その点から見てもこれまでの事件とは異質な犯行動機だ。これは音松が依怙贔屓的な采配をせず左紺と蓮月の共同経営という形で継がせていれば丸く収まっていた可能性が高かったのだから、そういう意味で本作は旧弊的な一子相伝が仇となった事件と言えるだろう。

 

事件の謎解きは鷺森(黄介)の逮捕という形で終わるが、それで物語は終わらず黒幕の正体とその死が描かれているのが本作のまた異質な所。蓮月・黄介の母親である鞠乃の事故死に関わり、左紺の蓮月殺害を焚きつけたのは姫小路鏡花という「毒蛇」だと明かされる。

蒼葉に嘘の事故現場を教えたことや、最終回前の10話で左紺しか知らないはずの殺害方法――「自分の弟を生きたま火炙り」――を口走っていることから見ても、彼女が黒幕であることはまず間違いないが、問題は彼女の動機。作中では左紺を含めた白神家の跡取り息子三人を排除することが目的とはじめは推測をたてているが、排除して彼女にどういった利益があるかまでは触れられないまま終わったため、その結末にモヤモヤとさせられた読者も多かったのではないかと思う。

 

ここからは鏡花の動機について考えていきたいが、まず白蛇酒造の乗っ取りはあり得ない。経営面に関して口出しは出来たとしても、肝心の酒作りを担う杜氏や後継者が全滅している以上、乗っ取った所で経営が傾くのは必至なので、別の動機があると思う。

個人的に一番有力だと思うのは白神家の財産を狙ったという動機だ。これならば相続の対象となる音松の息子たちを排除したことにも納得がいくし、いわゆる「後妻業の女」として、音松を骨抜きにして殺した挙句遺産を奪い取り、経営が傾いた白蛇酒造は用済みとばかりに切り捨てバイバイキーン…という筋書きが成り立つ。勿論、財産に関しては作中で一切語られていないのであくまでも私タリホーの勝手な推測に過ぎないが、しっくりくる仮説を立てるとしたら、やはり白神家の財産狙いの犯行と考えるべきだろう。

 

鏡花の件以外にも作中で言及されていない謎はもう一つある。他でもない本物の蓮月の死体の行方だ。結局白神家に戻ってきた頭巾の男は蓮月になりすました逃亡中の殺人犯・鬼門であり、火事のあと死体が見つかっていなかったから、蓮月が戻ってきたことを音松が受け入れたとすると、誰が蓮月の遺体を秘密裡に処理したのかが問題となる(火葬場じゃあるまいし、普通遺体は残ってなきゃおかしいよね?)。当然黄介は左紺に殴られた後は全身やけど&記憶喪失でそのまま病院送りとなっているため遺体の処理は不可能だし、左紺は死体を隠す理由がないので彼も除外。音松は尚更隠す必要がないし、従業員の黒鷹も同様の理由であり得ない。となると、やはり怪しくなってくるのは黒幕・鏡花なのだが、彼女に蓮月の死体を隠すことで何かメリットはあるのだろうか?

 

前述したように、蓮月殺害を焚きつけたのは鏡花であり、蓮月が「生きたまま火炙り」になったことも彼女は知っている。左紺がわざわざ蓮月の殺害状況まで鏡花に報告したとは考えにくいので、恐らく事件当時現場には鏡花がいたのではないかと推理するが、さてそうなると鏡花にとって一番困ることは何だろうか?

それは当然左紺の裏切りだろう。罪悪感に駆られた左紺が殺害を自白し、鏡花に殺害を教唆されたことまでゲロってしまわれたら、それこそ白神家追放どころでは済まなくなる。となると、少なくとも殺害したという最大の証拠=蓮月の死体を自分が隠しておけば、仮に自白されたとしても証拠となる死体は出てこないし、その死体を脅迫材料として左紺を操縦することも可能なのだから、私は蓮月の死体を隠したのは鏡花だという推理を推していきたい。

 

以上のように作中で語られず読者に想像を委ねた点はいくつもあって、ある程度論理的・合理的に仮説を立てられる部分はあるものの、それでも釈然としない点もある。それは鏡花を毒殺するため蒼葉のペットである白蛇をシャワールームに放ったという殺害計画※5のこともあるし、そもそも血清が無い毒蛇をどうやって鏡花が入手し飼育してきたのかも気になる所だ。

 

※5:鏡花を狙ったとしたらシャワールームが彼女専用でない限り、他の人(特に蒼葉)が噛まれて死亡する危険性も十分あったはずで、そうなった場合ターゲットの鏡花が死亡せず鷺森の目論見は失敗に終わってしまう。それに、基本的に蛇は臆病な性格でいきなり人に噛みつかず、まずは威嚇してくるはずだから、蛇を放った所でそもそも噛みついてくれる可能性の方が圧倒的に低い。まぁ、シャワーの水を攻撃と受け取って噛みついてくる可能性はあるかもしれないが、それでも確実性に欠ける。

…っていうか、そもそも鷺森はいつ鏡花が黒幕だと気づいたのだろう。白蛇を仕込むにしてもはじめの解決前じゃないと無理だし…。

 

ドラマの事件解説

ドラマの批評に移る前に、今一度原作のモヤモヤポイントをリストアップしておきたい。

【原作のモヤモヤポイント】

①入れ替わりトリックの問題(実際あれだけうまく入れ替われるのか?)

②「二重底のタンク」トリックにおける酸素欠乏症の問題

③「鷺森=黄介」を推理する材料の脆弱性

④鏡花の思惑・真意は何か?

⑤鏡花殺しのトリックの不確実性

⑥本物の蓮月の死体の行方

④や⑥のように推測がある程度成り立つモヤモヤポイントもあるが、それでも推測の域を出ないため、上記の6つをドラマはどう処理したのかが問題となってくる。

 

まず、左紺との入れ替わりトリックについて。ドラマでは元蔵(原作の一番蔵)が鍵で厳重に管理されておらず、比較的誰でも入りやすい状況※6になっているため、原作よりも「左紺が蓮月と揉めた末の犯行」という仮説が弱まっており、「第三者が鍵を奪い蓮月&左紺を殺害した」仮説に至っては消滅しているのが改変のポイントの一つだ。これは他の関係者も侵入可能にしたことで容疑者の幅を原作以上に広げるねらいがあると思われる。

そして肝心の入れ替わりだが、公式HPの人物相関図を見てもわかるように、ドラマは長男と三男の相似はないため、原作と全く同じ形で左紺になりすまして蔵から出ていくことは当然不可能。そこでドラマは〈蓮月〉の黒マスクを入れ替わりの道具に使っており、最初は〈蓮月〉として侵入し、出る時は左紺の振りをしてそそくさと出ている。当然原作のように黒鷹と会話はしていないため、入れ替わりトリックが現実的に十分可能な出来になっていた。この改変は実にグッドと言えるだろう。

 

そして二点目の二重底の酒造タンクの酸素欠乏症の問題は、プラスチック製のタンクから木桶に変わったことで一応完全な密閉空間になっていないという点ではクリアしているが、蓋も木製(しかも半月状の二枚板)になったので、〈蓮月〉は良いとして左紺に関しては酒が漏れて底に流れ落ちなかったのか気になる所ではある…。まぁ、そこはミリ単位の隙間も許さぬ桶職人の技が凄かったってことで(おいっ)。

酸素欠乏症の問題は木桶に変えただけでなく左紺の殺害方法にもあり、折れた櫂棒による刺殺から首吊りに変えたのは、仮に酸素欠乏症の徴候が殺害直前に出ていても、首吊りによる絞殺である程度はカモフラージュ可能だと犯人が判断したからだろう。

 

以上のように、原作のハウダニットに関してはかなり現実的なトリックとして改変されており、そこは良かったと言えるが、ただドラマは犯人が仕掛けたトリックが何のためのトリックなのかイマイチピンと来ない作りになっていたのが残念。

原作では一番蔵の出入りの状況や死体の死亡推定時刻などから各人物のアリバイが検証されているので、本作のトリックがアリバイトリックだとわかるのだが、ドラマは死亡推定時刻の検証もないし、左紺の失踪もあまり強調されていない、なおかつ元蔵には誰でも出入り可能だったので、アリバイトリックとしてあまり効果的じゃない感じになっていたのが実に勿体ない。これでは何のために仕掛けたトリックなのかわからないし、折角良い形で改変しても結局は相殺されてパァではないかと思うのだ。

せめて〈蓮月〉の死亡推定時刻を言及し、その時刻に元蔵に隠すのが不可能であることを劇中で述べておけば、アリバイトリックとしてトリックの種明かしも効果的なものになったのだが。

 

※6:何せ私服姿のはじめ達が侵入出来るくらいだからね!ちなみに今回はセットだから良かったものの、私服姿で酒蔵に入るなど言語道断酵母の問題以前に異物混入の原因になるよ。

 

原作における犯人特定の3つの手がかりは、鞠乃がカットされたことで二つ目の「事故死の現場」という手がかりもカットされている。一つ目と三つ目は原作と同じだが、一つ目の「鞄の持ち方」の手がかりは監視カメラの映像が引きの映像ということもあって正直わかりにくい。ただ、その分はじめが事件関係者全員に鞄を持ってもらいその姿を撮影してまわる場面が追加されたことで、一応手がかりとして提示された作りにはなっている。

「鷺森=黄介」の推理材料の脆弱性については、長男と三男の相似という設定がなくなったので尚更推理が無理なはずだが、ドラマでは何故か「鷺森=黄介」という推理をはじめはしている。改めて言うが蓮月の生死は不明であり、仮面の男が鬼門であるとわかった以上、鷺森を蓮月か黄介のどちらかだと推理するのは可能だが、彼を黄介と断定する材料は全くない訳で、それをガン無視であれほど断定的に鷺森を黄介と言い切ることは出来ないと思うのだ。

もしかしたら杜氏見習いという彼の職業的状況からはじめは黄介だと推理(杜氏の才がある蓮月が鷺森に化けているのなら、黒鷹や他の社員が彼の才能を見抜いている)したのかもしれないが、入って半年の新人な上に才能は隠そうと思えば隠せるので、正直これでも「鷺森=黄介」と推理するには弱すぎる。

 

そして原作で多くの読者をモヤモヤさせたであろう鏡花の一件に関してはドラマは蛇に噛まれて死亡することなく、過去に起こした連続保険金殺人がバレて逮捕という形で改変された。この「後妻業」設定※7は原作からでも読み取れる設定だし、白蛇を放って殺すという不確実なトリックを描く必要もなくなったので改変としては良かったのだが、モヤモヤポイントの最後の一つ「本物の蓮月の死体の行方」は放置されたまま終わっているので結局キレイにモヤモヤを全滅出来ていないのは詰めが甘いなと思わされる。

しかも鏡花が一連の事件の黒幕として原作で描かれていたからこそ、鏡花が蓮月の死体を隠したという推測が成り立ったのに、ドラマは黒幕として描かれていないため原作でかろうじて推測出来た死体の行方も推測出来ない。この点に関しては原作よりも余計悪いことになっていると言わざるを得ない。

 

※7:原作と比べるとやや唐突な形で明かされた部分ではあるが、問題編の段階で音松と結婚しようと思っていたことは示されているし、〈蓮月〉と左紺が死亡しているのにも関わらず鼻歌交じりで生け花をしていた(はじめが鞄の持ち方の手がかりを集めていた時)ことから、後妻業で音松に取り入っていたと推測は出来る。

 

さいごに

以上、原作のモヤモヤポイントを挙げてドラマの評価を進めたが、モヤモヤポイントの①・②・④・⑤は改良された一方で、③・⑥は逆にその改変の影響で原作以上にマズいことになっており、総合的に見るとモヤモヤ度は原作とあまり変わらない結果になったのが何かな~。

特に今回は1話完結で描く必要があったから「ご苦労様でした」と脚本の苦労を労いたいのだが、「あちらが立てばこちらが立たぬ」という具合に改良した点が別の部分を改悪させているので、非常にジレンマに近いもどかしさがある。原作がもっとモヤモヤポイントを解消しておけばこうはならなかったのだから、今回はドラマ制作陣だけの問題でないということをハッキリ言った上で、ドラマ版「白蛇蔵」は微妙だったと評価を下そう。

 

 

次回はトイレの花子さん殺人事件」。原作は短編「亡霊学校殺人事件」なのだが、流石に短編は予想外だし盲点だったわ。

「探偵が早すぎる」シーズン2感想 #6(トリックは金をかけたもん勝ち)

「トリックって金がかかる・・・・!!」

©船津紳平「金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿」 より

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

6話感想(美津山四兄妹との決着)

前回まさかの復活を遂げた美津山四兄妹。そして突然の急死を遂げた秋菜未亡人。これによって一華らは秋菜の葬儀が行われる葬儀場で美津山四兄妹と直接対決することになる…というのが今回のあらすじ。

もう後に引けなくなった四兄妹が今回用いたトリックは3つ。一つ目は順三郎考案のコンバラトキシンを用いた毒殺トリック。劇中でも説明があったように、スズランに含有されている毒で、スズランを生けた水を飲んでも中毒症状で死亡するというから結構危険な毒だ。この毒を湯呑みに塗って毒殺しようとしたが、これは初手からバレバレだったのであえなく失敗。そもそも、どう転んでもスズランの水を誤飲するなんてあり得ないしね。

 

とはいえ、この毒殺トリックは捨てトリックであり、障害となる千曲川を仕留めるためのエサとして用いられたもの。二郎はオレアンドリン入りの抹香で末弟の順三郎もろとも千曲川を病院送りにして、メインとなる一華・宗介・葉子の抹殺へと取り掛かる。

(ちなみに、オレアンドリンは夾竹桃に含まれている毒。夾竹桃はシーズン1でも用いられた毒なので覚えている人もいるだろう)

 

残りの三人の殺害は棺にメタンガスを放出する装置を仕込み、棺に釘を打つ石にニトログリセリンをこっそり塗って、喪主の宗介がその石で釘を打ったら発火して棺に充満したメタンガスに引火、棺の中の秋菜未亡人もろとも爆破という爆殺トリックで仕留めようとした。

ただ一応言っておくと副葬品には不燃物を入れてはいけない決まりがあり、いくら爆発物をカモフラージュするためとはいえロボットのおもちゃを棺に入れるというのは現実的にはあり得ないし、実際は側にいる葬祭スタッフが止めていたはずだ。だからあくまでもフィクションのトリックとして理解しなければならないことをここで断っておく。

 

千曲川不在であわや四兄妹の目論見は達成されるのか…と思いきやそこは全て千曲川の計算の内。というか初手から美津山四兄妹は母親の秋菜の手の平の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。

前回の冒頭で千曲川と秋菜が密談を交わしていたから、秋菜未亡人の死は偽装されたものだというのはまぁ予想の範囲内だったが、病院を買収したのはまだしも、あの死体が人形ではなくアンドロイドだったとはね。動く必要がないのだからアンドロイドにする必要ある?と思うけど、宮崎美子さんがアンドロイド役も兼ねて棺の中で奇声を発していたのは面白かったので良しとしましょう(何様)。

個人的には「若真口」が千曲川の逆さ読みだということをスルーしちゃったのが悔しいな。そこは先に気付いておきたかった。

 

そんな訳で、母親からも完全に縁を切られ、千曲川&橋田のトリック返しによって美津山四兄妹は全滅。毒でも復活したから爆破ぐらい何てことなさそうな気もするが、これで決着はついたみたいなので、良かったですね。

やっぱり美津山四兄妹は元本がない分、大陀羅一族よりトリックもその出来も小粒レベルだったし、資金面をケチって毒とか爆薬で済ますとダメなんですよ結局。どんなことにも当てはまるが、手間をかけるか金をかけるかどちらか最低限満たしてないとクオリティの高いものって作れないし、そういう点でも秋菜未亡人は圧倒的に有利だったという話だ。

 

次回からは、影で一華殺害を目論む犯人を追う「黒幕編」が始まるが、いや~、正直安心した。先週の段階では黒幕なしで四兄妹との戦いで1クールもたせるつもりなのかと嫌な予感がしていたので、ちゃんと黒幕がいて安心した。これで私の黒幕予想も無駄にならなかったという訳だ。黒幕に関してはまた次回の様子を見て再考出来れば良いかなと思うので、今回はこれにて。

ドラマ版「聖恋島殺人事件」はミステリとしてブラッシュアップされた秀作!(五代目「金田一少年の事件簿」#3)

いきなりですが、ここでトリビアを一つ。

ゲゲゲの鬼太郎 妖怪奇伝・魔笛(エロイムエッサイム)」という約1時間ほどの実写映画なんだけど、多分YouTube で「ゲゲゲの鬼太郎 エロイムエッサイム」で検索したら出て来ると思う。鬼太郎と悪魔くんがコラボした珍しい作品なのでファンとしては一見の価値があると思い紹介することにした。

セイレーンや今回の事件とは直接関係はないけど、水辺に出没する妖怪という点では濡れ女も同類なので、余さんがどんな濡れ女を演じていたのか興味ある方は是非。

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり)

 

File.2「聖恋島殺人事件」(後編)

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前回からの続きとなる後編は、第三の殺人(影尾殺し)と謎解き回。特に影尾殺しは原作で最初に殺された彼が三番目に死んだということもあってそれなりに改変されているが、まずは原作の事件解説をすることでトリックや物語の批評を行い、それを踏まえた上でドラマの改変を評価していこうと思う。

 

原作の事件解説(三種の殺人トリック)

Who:水中ゴーグルの跡、水中銃、指紋のない手紙

How:聖恋島特有の潮流を利用したアリバイトリック(影尾・寒野)、手袋か釣り竿に仕込んだ瞬間接着剤入りカプセルを利用した溺死トリック(潮)

Why:新薬治験の目的で実験体同然の扱いで娘を死なせた医者三人に対する復讐

ドラマ初回の感想記事の末文でも触れたが、この「聖恋島」はハウダニットに力を入れた分、フーダニットは割とわかりやすい作りになっているのが特徴で、潮殺しのトリックに瞬間接着剤入りのカプセルを用いているという時点で犯人が医療や薬品関係の知識がある人物だと推察出来るし、寒野殺しで彼女に睡眠薬を盛っていることから見ても、自然とそれを行えるのは接待係として参加している伊豆丸と鰐瀬くらいしかいないのだから、実質寒野が殺される直前の段階で犯人候補は二者択一状態なのだ。

 

もっとわかりやすいのは、寒野が射殺された直後伊豆丸が言った「水中銃」の失言で、あの状況で水中銃による狙撃だと断定出来ないにも関わらず「水中銃」だと断定した発言をしたので、これが犯人特定の決め手の一つになっている。

ただ、他作品の犯人たちがうっかり漏らした失言と違い、この「水中銃」の失言は言わざるを得なかった失言という方がニュアンスとしては近いのではないかと思っていて、(後述するが)トリックの性質上、矢が撃たれた直後に窓辺やベランダを確認されるとトリックがバレてしまい参加者内部に犯人がいると疑われてしまうため、銃による狙撃を強調してトリックが発覚しないよう時間稼ぎをしている。だからミスであることに変わりはないが、決して犯人がバカだという訳ではない。強いて言うなら「創意工夫がなかった」という感じかな。

 

〇トリックについて

今回のトリックはアリバイトリックと溺死トリックの二種類に大別出来るが、まずは影尾殺しのアリバイトリックについて。

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影尾殺しではセンターコテージ・レストハウス・桟橋小屋の三点とそれを結ぶ渡り廊下を利用して参加者たちの動きを巧みに誘導し、更に犯人自身が影尾の死体に化けることで死体移動のアリバイを確保しているのが巧い所。はじめはこのアリバイトリックをカップ&ボールの手品を使って説明しているが、一度センターコテージに引き返させることで、手品で言う所の「あらため」、つまりセンターコテージに前もって死体が置かれていなかったことを確認させ、影尾の死体が最初から桟橋小屋に置かれていたと印象付けているのが実に巧妙だ。※1

しかも死体移動をより強調するため、「センターコテージ⇄桟橋小屋」側の廊下近くの海に移動する発光体を仕掛けているという徹底ぶり。この発光体の正体はサイリウムで、ウキに結んだ風船にサイリウムを仕掛け、潮流で自動的にセンターコテージに向かって流れるようにしてある。この移動する発光体のトリックに関しては潮流以外のヒントは全くないのだが、メインは死体偽装の方なので大した問題ではないと思う。

移動する発光体のトリックに対して死体偽装のトリックの方は意外にも手がかりは沢山ある。原作を確認してもらうと一目瞭然なのだが、桟橋小屋で発見された死体(犯人の偽装)とセンターコテージで発見された死体(影尾本人)とではモリの刺さった角度が全く違っており、偽装死体の方が垂直気味なのに対し、本物の死体は右に傾いて刺さっていることがわかる。また、はじめたちが桟橋小屋からレストハウス経由でセンターコテージへ戻る一コマ(第3回の5ページ)で、一人だけ集団から遅れてセンターコテージに向かう人影が描かれており、これは犯人が死体偽装を終え桟橋小屋から出たため遅れたことを示す手がかりになっている。

更に、影尾の死体発見直後の剣持による全員点呼の場面では最も重要な手がかりが描かれている。犯人は死体に偽装する際上着のフードを被ってうつ伏せになっていたのだが、全員点呼の際、他の参加者たちのフードは綺麗に収納されているのに、犯人の伊豆丸のフードだけは飛び出しているのだ。これは海星のカメラで撮影されているためはじめも確認しているはずだが、何故か作中ではじめはこの話題に触れることなくスルーして推理をしている。ということは、このフードの手がかりは読者だけに提示された手がかりであるのと同時に、最初の殺人の段階で犯人が特定出来るという意味で実に大胆かつ挑戦的な手がかりであると言えるのだ。こんな手がかりをいれてくるくらいだから、作者はよっぽど今回のトリックに自信があったということだろう。その出来に関しての評価はとりあえず置いておいて、次は潮殺しのトリックに移ろう。

 

潮殺しは前述した通り、手袋か釣り竿に瞬間接着剤入りのカプセルを仕込むことで、釣りで竿を強く握るとカプセルが弾けて釣り竿と手袋が接着されるというシンプルなトリック。※2これにより、海中に潜んだ犯人が釣り糸を引っ張ることでターゲットを釣り竿ごと海中に落とせるようになっているが、勿論これだけではライフジャケットを着用した潮を死に至らしめることは出来ない。犯人が潮の足を直接掴み強力な水中スクーターを使って海中へ引きずり込むことでようやく溺死させられるのだ。

三つの殺人の中で一番残酷な殺し方をしているのがこの潮殺しなのだが、犯人の娘を死に至らしめた主犯格の影尾はともかく、従犯格の潮がこんな形で殺されるのはやや罰として過ぎる気がしないでもない。ただトリックの性質上、殿様気質の影尾には通用せず荒海釣りに自信があり釣り道具も自前のものを準備してくる潮だからこそ成立したトリックのため、これは致し方ないだろう。

 

そして三つ目の寒野殺しは、水中銃を彼女が泊まる水上コテージのベランダに固定し、銃の引き金に手術用の糸を通しボートに結び付ける。そうすることで潮流で海の方へ流れたボートが銃の引き金を引いて自動的に矢が発射されるという自動殺人トリックでアリバイを確保しているのがポイント。

また犯人はアリバイ確保のため偽手紙※3で時間指定をして参加者全員を寒野の部屋に呼び出しているが、潮流は日時や天候によって変化するので本来ならば時間指定をして予告した時刻ちょうどにターゲットを殺害するのは不可能に近い。ただ、聖恋島の潮流の干満は天候に左右されず規則的に起こるものとして設定されているため、犯人が事前に時間を指定した手紙を準備し、時刻通りにターゲットを殺害することが可能だと読者に納得いくよう作られているのはミステリとして良い所だと思う。この潮流の設定がいい加減だと影尾殺しにおける「移動する発光体」のトリックも成立しないし、潮殺しで潮を釣りに行かせるための心理的誘導も行えなかった訳だから、今回の一連の事件において「セイレーンの泣き声」=潮流がトリックの要だと断言して良い。

 

※1:このトリックを成功させるための前提として影尾が集合場所のセンターコテージにいないことを参加者が全員集合した段階で悟られないようにするのが重要だが、ここでイベント担当者の鬼島の心理を利用しているのが犯人のずる賢い所だ。もし鬼島が点呼をとって影尾がいないことを指摘した場合、部下である潮・寒野や接待係の伊豆丸・鰐瀬が彼を失格させまいとゴネてくるだろうし、釣り大会のスケジュールにも支障をきたしてしまう。犯人はそうやって鬼島が揉め事を回避するため影尾の不在を黙認することを見越してトリックを実行し、鬼島に(結果的にだが)犯罪の片棒を担がせていたのだ。上手くいけば影尾の不在を黙っていた鬼島に殺人の疑惑が向いていたのだから、その点も巧妙だと評価出来る。

※2:(釣りに関して詳しくないので指摘として的外れかもしれないが)釣り竿にカプセルを仕掛けた場合、握る場所が少しでもズレたらカプセルが潰れないか、或いは潰れてもうまく手袋と接着しない可能性があると思うので、個人的には手袋にカプセルが仕掛けられていたと推理するのが妥当だと思う。

※3:偽手紙の文が女性の手で書かれたものであることからはじめは「多分アルバイトとか言って見知らぬ女性に書かせた」と推測しているが、時間指定をした手紙を何通も書くような怪しいバイトをする女性が果たしているのだろうか…ww。個人的には伊豆丸の妻が娘の死の真相を知って偽手紙の執筆に協力してくれたという設定にした方が物語としてキレイだったのではと思う。

 

〇原作の不満ポイント

以上のように、ハウダニットに関してはかなり考えられて構築されているのだが、フーダニットは(前述した通り)一人だけ飛び出した上着のフードや水中ゴーグルの跡(第9回の19ページ)、水中銃の失言とかなりわかりやすい手がかりが配置されているのが勿体ない所で、犯人の伊豆丸を追い詰める物的証拠も指紋の付いていない手紙(=手紙の内容を確認せず集合場所に来られるのは犯人のみ)の一点だけというのも正直決め手としては弱すぎる。※4

また、ミスリードも雑で効果的でないのが目立っており、幼少期の鰐瀬が母親と一緒に海岸を背景に写っている写真(第7回の10ページ)や水中スクーター・水中銃を使って魚を獲る霧声(第7回の17ページ)、潮の死体発見後の鬼島の「これで三人目」発言(第9回の19ページ)※5、古い小冊子を見てフッと息を漏らす鬼島(第10回の12ページ)など、伏線なのか手がかりなのか意味不明な描写や、あからさま過ぎてミスリードにすらなっていない描写が多く、それが物語の雑味となっているのが非常に残念。せっかくトリックが良くてもこういった夾雑物が有効活用されていないと作品全体の質を下げてしまうことになるので、もう少し何とかならなかったのだろうかと思う。

どうせミスリードを作るのなら、全員怪しい状態にするのではなく、特定の人物に容疑を向けさせた方がスッキリとした構成になったと思うし、ミスリードも効果的になったのではないだろうか。特に今回の事件では大会運営者の鬼島がミスリード要員として最適な人物だったから、彼に殺人の動機を持たせて容疑を濃くした方が良かったと私は思うのだ。

 

あとこれは大した問題ではないが現場検証や参加者の取り調べの描写をもう少し入れて欲しかった。というのも、最初の影尾殺しでは桟橋小屋が施錠されていたが、桟橋小屋の鍵はどこに保管されていたのか、そしてそれは誰でも持ち出し可能だったのかは一応調査・言及しておくべき情報だし、解決編(第14回の12ページ)ではじめが言及した桟橋小屋の照明のリモコンは、問題編の段階で描写しておくべきアイテムだった。勿論、こういった情報がなくても推理には何ら支障を来さないが、フェアな謎解きミステリを求める読者としてはこういった描写も疎かにせず描いて欲しかったはずだ。

それからはじめと剣持は犯人が潮流を利用したトリックを用いたことから聖恋島の出身者が犯人ではないかと推理しそれに該当する参加者の検証※6を行っているが、個人的にはもっと直接的な部分、つまり被害者三人と過去に接点があった人物被害者が勤務していた病院に入院もしくは通院していた人物がいたかどうかも検証・取り調べすべき点だったと思う。少なくとも剣持は警察の人間としてそれを真っ先に調べないといけないし、仮にミステリとして蛇足だったとしても形式的な取り調べをしたということは多少なりとも読者に提示すべきである。

 

※4:何故なら、手紙を読まなくとも「水上コテージの外が騒がしくなったので読む前に様子を見て外に出た。手紙の内容は参加者の会話から察せられたのだ」と説明出来るので、やはり指紋がついてない手紙は決め手としては弱い。どうせなら影尾殺しで死体に偽装したことを突いて、「桟橋小屋に指紋や毛髪、皮膚片が残っていた。警察が調べればそこに伊豆丸さんがいたことは証明される」と言った方が効果的だったと私は思う。勿論これは桟橋小屋に一度も伊豆丸をはじめとする参加者が入ったことがないという前提で成立する決め手なので、事件前に桟橋小屋が開放状態だったか或いは参加者がそこに立ち寄れる時間的余裕があると決め手にはならないけどね。

※5:この「三人目」発言について、解決編となる第13回の9ページで鬼島は過去に同様の事故で溺死した人がいたと告白し、それに対してはじめは「まさか――・・」と何か思い至ったような顔をしているが、結局作中でこの意味については言及されていない。

このはじめの気付きを合理的に解釈するなら、今回の連続殺人事件が起こる前に伊豆丸が瞬間接着剤入りカプセルのトリックが自分の思っていた通りに機能するかどうかを検証するために、別の釣り人を聖恋島に誘って予行演習として殺していたという戦慄の真相が浮かび上がってくる。もしこれが本当ならば伊豆丸は「悲恋湖」の犯人並みに狂っているとしか言いようがない狂気の犯人になるが、予行演習で一度聖恋島を訪れていたとしたら当然霧声は伊豆丸のことを知っていないとおかしいのでそこが矛盾してくる。(まぁ、「予行演習の殺人」で来島した際は変装して来ていたと説明がつくので大した矛盾ではないのだが…)

あくまで上記の内容は私の勝手な解釈なので、原作者が何を思って鬼島に「三人目」発言をさせたのかは不明だが、恐らく当初は「予行演習の殺人」という驚愕の真相をメインにするつもりだったのだろう。しかし犯人の動機を描いていくうちに「予行演習の殺人」と娘のために復讐を果たす犯人像が矛盾したため、最終的に「予行演習の殺人」をボツにしたのではないだろうか?そう考えれば鬼島の「三人目」発言は、原作者が思い付いたが捨ててしまった戦慄の真相の残骸部分と言えるかもしれない。

※6:この検証は正直言うとあまり意味がない。というのも、聖恋島の出身でなくても犯人が出身者から話を聞いていたり、犯人自身が以前に釣りで訪れた際に潮流のことを見破っていた可能性もあるので、個人的には蛇足だと思うし、ミスリードにもなっていなかった。

 

ドラマの事件解説

前回の感想記事で原作との相違点を挙げた。

tariho10281.hatenablog.com

そこで原作の磯釣り大会からドラマはフィッシングツアーに変更したことで原作におけるある疑惑について推理を悩ます必要がなくなったと記したが、まずはその疑惑について話していきたい。

 

実は先ほど原作の問題点としてあえて指摘しなかったのだが、計画殺人として偽手紙や瞬間接着剤入りカプセルなど犯人は色々と準備している。しかし、そもそも犯人も含めてターゲットである影尾ら医者三人が決勝戦まで勝ち進み聖恋島へ行かないと、折角準備したトリックも計画も全てが水の泡になる。要は何が言いたいかというと、犯人の伊豆丸がターゲットである医者三人と自分(+鰐瀬)が決勝まで勝ち残るために予選の段階で不正を働いたのではないかという疑惑があるのだ。伊豆丸だけでなく医者三人も不正をした可能性は勿論ゼロではないが、それなりに地位も名誉もある医者が優勝賞金200万円のためにわざわざ不正をするとは考えられないので、やはり伊豆丸が不正をしたと考えるのが自然だ。

伊豆丸が不正をしたとすると、当然イベントを担当した鬼島が彼から賄賂なり何なりを受け取っていた可能性が高いが、もしそうだとするとここで疑問が生じる。伊豆丸のお膳立てで決勝に進んだ三人の医者が殺されたとなると、よっぽどの馬鹿でない限りは伊豆丸がこの島で三人を殺すために賄賂を渡してまで彼らを勝たせようとしたという考えに思い至るはずで、その考えが過った段階で剣持にその疑惑を訴えていないとおかしい。しかし、実際は事件の中で鬼島は伊豆丸を疑っていることを剣持やはじめに一切打ち明けていないのだ。

賄賂や不正の発覚を恐れて口を閉ざしていたと説明することも出来るが、ローカル局で放送される程度の磯釣り大会の不正が刑事罰の対象になる可能性はかなり低いと思うし、そもそも参加者を半ば騙して悪天候の島に招待する悪知恵がはたらく男なのだから、それしきでビビるようなタマではないと思う。第一、伊豆丸がターゲットを殺すために大会で不正を働いたことを鬼島がバラさないよう、伊豆丸が鬼島を口封じのため殺す可能性もあった訳だから、やはり黙っているより話した方が鬼島としては安全だったはずだ。

にも関わらず鬼島は伊豆丸に対する疑惑を作中で一言も言っていなかった。ということは、やはり大会で不正は行われておらず、伊豆丸も影尾らも実力で決勝に進んだ…と考えるべきだが、あれだけ手の込んだトリックを考案し準備もしておきながら、肝心の磯釣り大会の方は実質運任せというのは犯人の性格から考えても何か矛盾しているしモヤモヤさせられる。潮は自前の釣り道具を持っているくらいだからともかく、あとの影尾・寒野・鰐瀬は作中で特別釣りが得意だと描写されていなかったから、どっちにしろスッキリしない。

長くなったが、結局不正があったとしてもなかったとしても疑問点が出たり納得のいかないモヤモヤ感が残るという点で磯釣り大会と計画犯罪との相性は最悪なのだ。しかも物語序盤で不正があったことを匂わせておいて、結局あったかどうか言及することなく物語を終えているのだから、これも上で指摘した回収されない伏線・手がかりの一つだと言える。

 

以上のことを踏まえると、磯釣り大会からフィッシングツアーに変えただけで、上記の問題点は一挙に霧散しているのだから、もうこの段階でドラマの脚本に関しては天晴上出来だと太鼓判を押したいが、他にも改変ポイントはいくつもあるのでそれらについても言及していきたい。

 

〇改変ポイントの考察と評価

何といっても特筆すべきは原作の殺害順「影尾→潮→寒野」の1番目と3番目を入れ替えている点だが、この改変によって原作とは異なる推理の別解が生じているのが面白い所。

まずドラマは寒野殺しから始まるが、殺害現場が寒野の泊まっている部屋からコテージのサロン室になっており、偽手紙が手書き文字でなくパソコン入力の文章なのも原作からの改変ポイントとなっている。これはドラマという限られた尺の都合もあり、出来るだけ煩雑な推理にならないよう考えてカットされたと思われるし、公共のスペースを殺害現場にしたことで、遠隔殺人のトリックを用いれば誰でも彼女を殺害することが可能な状況に設定されている。原作通り寒野の部屋で殺害されたとすると、やはり部屋割りを考えた凪田が状況的に最も怪しくなるのだが、この段階で怪しい人物を絞らせるのではなく、全員怪しい状況にしているのは個人的にミステリの序盤の展開として賢明なやり方だと思う。勿論、伊豆丸の「水中銃」の失言があるので(論理的にもメタ的にも)伊豆丸が怪しくなっているのは否めないが、これに関してはこの後右竜が言った「ある推測」によって、必ずしも犯人=伊豆丸と言い切れないのが巧妙なポイントだ。

その推測というのは寒野がとある秘密を暴露しそうになったので、「セイレーン」が口封じのため殺害した…という、正直ふざけているとしか思えない推測だ。しかしこの「セイレーン」を影尾もしくは潮に置き換えれば、寒野が影尾・潮の不祥事を暴露しようとしたので二人が先手を打って口封じに殺したという仮説が成り立つのだ。※7そして伊豆丸の失言については、契約打ち切りをちらつかせて彼にわざと失言をさせることで容疑の矛先を彼に向けようとしたという「伊豆丸スケープゴート説」も一応成り立つのがドラマの改変の優れた所ではないだろうか?

トリックは原作とほぼ同じだが、使われた糸が手術用の糸から釣り糸になっていることと、安全ピンで留められた糸の目的が原作と異なっている。原作ではじめは手術用の「溶ける糸」が水で溶けて水中銃が海中に落ちたと言っていたが、実際手術用の糸が溶けるには最低でも2か月以上はかかる(新私たちの暮らしと医療機器 を参照)らしいので、リアリティの問題から釣り糸に変えたと思われる。また、原作では安全ピンは寒野の部屋のドア前にいた犯人に銃が撃たれるタイミングを知らせる役割として用いられていたが、ドラマでは何かの弾みで予定時刻より前に銃が発射されないよう安全装置として引き金を固定する役割を果たしていたという違いがあった。

 

ここで比較のために原作の第一の殺人、つまり原作における影尾殺しの段階でどれだけの推理・仮説が成り立つか考えてみたい。

前述したように死体偽装がトリックの要なので、この段階でまず女性陣は容疑者から外しても良いと思う。いくら死体に偽装していても、男性の体型と女性の体型を見間違えることはないと思うので、(伊豆丸のフードに気が付かなくても)この段階で容疑者は潮・鰐瀬・伊豆丸・奥ノ木・鬼島・凪田・海星に絞られるが、海星はカメラマンなので死体偽装のトリックは実行出来ないし(途中でカメラ撮影を代わってくれる共犯者がいたら話は別だが…)、奥ノ木は右竜の付き添い兼話し相手として来ているため、途中で姿が見えなくなったら彼女に不審がられる恐れがある。ということで、海星・奥ノ木を除いた5名が最初の殺人の段階での容疑者候補と推理出来る。動機に関しては、ドラマの寒野のように口封じ目的の殺人という仮説は成り立たないかな?被害者の性格が性格なだけに怨恨・復讐目的の殺人として考えるのが自然だろう。

 

続いて潮殺しに移るが、原作で死亡していた影尾がドラマだとまだ生きているので、彼が率先して食料のない状況に不平不満をもらしているのが注目すべきポイントだ。この後の展開も含めて、影尾の暴君的性格が原作以上に強調されている場面ではあるが、一方で見方を変えると伊豆丸や潮を釣りに行かせるためにわざと騒ぎ立てているようにも見えるので、寒野に続いて潮殺しの容疑者として影尾が疑わしい状況になっているのはドラマならではの別解として優れている点と言えるだろう。

特に金田一少年シリーズでは一見悪党としか思えない人間が実は復讐のため悪党を装っていた善人というケースがいくつもあるので、少なくとも前編までは影尾犯人説も十分成り立つ展開になっている。

しかし!映像をよく見れば、この段階で影尾が犯人であることを論理的に否定することは可能なのだ。実は原作でも同じことが言えるのだが、そもそも潮やはじめ・剣持がどこで釣りをするか知っていないとその場に行ってトリックを実行することが出来ない。言い換えれば、潮がコテージで釣り場を決めた際にその場にいた人間が犯人ということになるのだ。※8そのため、ボウズで帰ってきた伊豆丸・鰐瀬に憤慨してエントランスを後にした影尾は潮がちとせ岩で釣りをすることを聞いていないのだから、当然犯人ではあり得ないし、反対にすぐ部屋に戻らず潮がどこで釣りをするのか聞いていた鰐瀬と伊豆丸が最有力の容疑者となるのだ。更に寒野殺しにおける「水中銃」の失言と合わせれば、もうこの段階で犯人=伊豆丸と断定出来る。

ただ、原作ではまだ寒野が殺されていないため、潮が殺害された時点で伊豆丸を犯人と断定するのは難しいだろう。一応影尾殺しにおけるフードの手がかりはあるが、証拠として弱すぎるので原作の方は寒野が殺される第8回目でやっと断定出来るといった感じだろうか。

 

そしてドラマ後編の影尾殺しになるが、原作では最初に殺された人物を最後に殺すことになったため、状況設定等様々な改変がなされている。

原作では事件が起こっていないこともあり早朝の釣りで参加者はセンターコテージへと集まったが、ドラマは影尾が行方不明になったことで皆が捜索をしたら桟橋小屋に明かりが点いていたため全員で桟橋小屋に向かうという流れになっている。※9

原作の「移動する発光体」も空中ではなく海中を移動するものとして改変されているが、これは現代の撮影技術では空中に漂う発光体にするとトリックがカメラに映ってしまうためにやむなく海中を移動させたのだろうが、結果的にウキとなるペットボトル+サイリウムという簡単な道具でトリックが可能になり、原作以上にリアリティのあるトリックになっているのが個人的には好感触だった。

また、「海中を移動する発光体」がセイレーンらしい幻想味につながっているのも素敵なポイント。原作の方の発光体は空中を移動しているため、現実的に犯人が持っていたライトだと解釈するのが普通だし、その点ドラマは第一の寒野殺し・第二の潮殺しと合わせて一貫してセイレーンによる殺人が演出されているのがドラマの小粋な部分ではないだろうか。(寒野殺しについては微妙な所だけど)

当然ながらトリックは原作と同じだが、唯一違う点は薬で眠らせた影尾をコテージの階段下に隠していたという点。しかも猿ぐつわを噛ませて悲鳴や声を絶対に出させないようしていたのも実は原作のトリックの穴をクリアしていると言える。原作はセンターコテージという室内で刺したとはいえ、影尾が声を出さずに死んだから良かったものの、最期の断末魔を発した可能性も十分あった訳で、もし影尾が最後の力を振り絞って叫んでいたら、最初の段階で殺人計画は失敗していたかもしれない。

謎解きに関しては、影尾の衣装と伊豆丸の衣装が似ていることもあり、死体偽装のトリックに思い至るのは原作よりも簡単になっているし、着脱の問題も合わせて伊豆丸が犯人だと推理するのはたやすいと思う。その点はマイナスポイントと言えばマイナスポイントなのかもしれないが、原作でアンフェアだった照明の消灯方法が切れた電線という形で解決パート前に提示されていたのはナイスだった。これにより、窓から死角となる手元を動かし、所持していたニッパーで電線を切断したという推理が可能なのだから。

 

※他の方の感想を見ていたら「途中で集団から離れてコテージに引き返したらいないことがバレるのではないか?」という意見がいくつかあった。確かに原作は海星のカメラ用の照明が犯人によって盗まれ、桟橋周辺は真っ暗闇だったことがトリック成功の鍵になっていたのに対し、ドラマはコテージ前に外灯があることや霧声が懐中電灯を持っていたので完全な暗闇でなかった。その点については原作よりもトリックが露見しやすいという指摘は正しいと思うし、ドラマは参加者の人数が減っているため原作よりも気づかれやすい状況だったのは間違いない。

(2022.05.17 追記)

 

原作で三番目に殺された寒野については、これは前述した「水中銃」の失言もさることながら、偽手紙で「遅れても早くても何も話しません。この時間でなければダメなんです」と書かれていることもあり、犯人が時限装置式の殺人トリックを仕掛けてアリバイを確保したと考えるのは簡単だ。その点ドラマは「時間厳守」と簡潔な文言にしている分、手紙の内容からトリックを察しにくいようになっていると同時に、殺害順の改変で(上で説明した)別の推理が出来るようになっているのがやはり素晴らしい点ではないだろうか。

 

※7:寒野殺害直前の場面では、影尾がかつての仕事仲間の凪田にセクハラを仕掛けており、そのことから見ても彼が清廉潔白でない人物なのは明らかだし、寒野も仕事の付き合いで仕方なくツアーに参加したことが言及されているので、寒野が影尾の不祥事・秘密を暴露しようとしたという仮説が直前の場面によって補強されているのも見逃せないポイントだ。

※8:勿論、潮らがどこで釣りをするか知らなくても大よその目星をつけて岩場に行くことは出来るかもしれないが、悪天候の海にいること自体それなりにリスクはあるだろうし、あまり長時間コテージにいないと自分だけアリバイがないという最悪の状況になる恐れもあるので、最短時間でターゲットを殺してコテージに戻るためにも、やはり犯人は潮らがどこで釣りを行うか聞いた上でその岩場まで行って潜伏していたと推理するべきだろう。

※9:この際、影尾から送られてきたメール(実際は犯人自身が影尾のスマホを使って送信したメール)で影尾が外にいると思わせ、なおかつ(これまでの殺人のことを考えて)出来るだけ全員で固まって動くようさり気なく誘導しているのが巧妙。

 

以上、原作との殺害順と比較しながら改変ポイント等を検証・考察・評価していったが、それをまとめると以下のようになる。

〈原作〉

第一の殺人の段階で考えられること

・犯人の死体偽装によるアリバイトリック→犯人は男性陣の誰か

(共犯者はいないという条件でのみ)女性陣(+海星、奥ノ木)は容疑者から除外可能

・伊豆丸のフードだけ飛び出してる→断定は出来ないが、伊豆丸が犯人?

・動機:被害者の性格から考えて、怨恨もしくは復讐目的の殺人?

 

第二の殺人の段階で考えられること

・潮が釣りをする場所を知っていたのは(はじめ・剣持・美雪を除いて)伊豆丸・鰐瀬・寒野の三人→伊豆丸・鰐瀬のどちらかが犯人(寒野は第一の殺人の件で除外)

・霧声が犯人の可能性→第一の殺人で考えた条件により容疑者から除外可能

 

第三の殺人の段階で考えられること

・「水中銃の失言」→第一・第二の殺人の件も合わせて、伊豆丸が犯人と断定可能

・動機:医者三人に対する復讐

 

〈ドラマ〉

第一の殺人の段階で考えられること

・自動殺人トリック→現場にいた全員に仕掛けることは可能

・右竜の推測→影尾、或いは潮が寒野を口封じのため殺したか?

・「水中銃」の失言→伊豆丸が犯人?或いは影尾・潮のスケープゴート

 

第二の殺人の段階で考えられること

・(第一の殺人の件から)影尾が寒野に続いて潮も口封じ目的で殺した可能性

潮が釣りに行く場所を知らないため、容疑者から除外可能

・霧声が犯人の可能性→ハウダニットに関しては黒に近いが動機はない

影尾と同じ理由で、容疑者から除外可能

・凪田と医者三人に接点あり→凪田が寒野・潮を殺した可能性

ツアーには病欠した担当者の代理で来ているため容疑者から除外可能(影尾と同じ理由でも除外可能)※10

・潮が釣りをする場所を知っていたのは(はじめ・剣持・美雪・佐木を除いて)伊豆丸・鰐瀬の二人→第一の件と合わせて、伊豆丸が犯人と断定可能

 

第三の殺人の段階で考えられること

・影尾の衣装と伊豆丸の衣装が似ている→伊豆丸が犯人と断定可能

・動機:医者三人に対する復讐

 

以上の内容を改めて見ると、実は原作よりドラマの方が潮殺しの段階で犯人を断定出来る作りになっているのだが、影尾や凪田といった他の登場人物も犯人として仮説がそれなりに成り立つよう動機や状況が設定されているため、ドラマの各シーンを逐一チェックしながら推理をするガチのミステリオタクでない限りは、伊豆丸以外の登場人物も容疑者として怪しみながら見られるようになっていたのが個人的にドラマの良い点だったと評価したい。

登場人物の改変の影響で容疑者の数は第三の殺人の段階で伊豆丸・鰐瀬・右竜・凪田・霧声の五名と(原作と比べて)三人も減っているためわかりやすくなっているという意見もあるかもしれないが、ドラマでカットされた海星はカメラマンという映像証拠を残す人物であることと、解決編前に事件の動機について語った唯一の人間ということから見ても100%犯人たり得ない人物だし、奥ノ木は特別怪しい動きも発言もなかったため、正直いなくても問題ない人物なのだ。原作の凪田も奥ノ木同様特別怪しい言動はなかったため、鬼島と統合してドラマ版凪田として改変したのは良かったと思う。

 

ドラマ版の他の容疑者(右竜・凪田・鰐瀬・霧声)についてもう少し言及しておくと、右竜は原作・ドラマ共に犯人という点では全く怪しくなかったが、ドラマの右竜は影尾を煽るようなことを言ったり霧声からセイレーンの正体を探ろうとしたりと、「悲恋湖」におけるいつき陽介的ポジションとして、ある時は場をかき乱し、ある時は状況が膠着しないよう事件を展開させる役割を果たしていた。その点は原作より能動的に物語において機能していたと言えるだろう。

霧声はトリック面では犯行に有利な立場の人間なので、動機のある凪田と共犯で計画を実行したという仮説がそれなりに成り立つようドラマは設定されているし、鰐瀬も医者三人の悪行を知っており、嫌々接待役をやっているという点では原作の鰐瀬よりも怪しさは出ていたのではないかと思う。ミスリード要員としては全体的に弱いかもしれないが、少なくとも原作で意味ありげな描写をいくつも入れていたことを思えば、ドラマはスッキリとした構成になっていたし、だいぶ改善されたと好意的に評価したい。

 

※10:これは凪田自身が言ったことなので嘘の可能性もあるが、後々警察に調べられたら担当者の病欠が本当かどうか一発でわかってしまうので、そんなすぐバレる嘘をつくはずがないという点で彼女を白と推理することは十分可能だ。

 

さいごに

色々と比較してしまったためかなり長くなったが、ドラマ版「聖恋島」は原作のトリックのポイントを押さえながら問題点となった設定等を改善しており、間違いなくミステリとしてブラシュアップされた秀作だと評価出来る(メタ的な推理で犯人がわかってしまうが、それはしゃーない)

また、新薬治験の主犯格だった影尾が三番目に殺されたことで、原作以上に復讐計画として効果的になっているのもドラマの優れた所だ。原作の影尾は自分が何故殺されるのかわからないまま真っ先に死んでいるため、正直復讐として効果的でないと思っていた。それだけに、今回のドラマは自分に殺される可能性があるとわからせた上で殺しているのが効果的なのだ。

(劇中では描かれていないが、もしかすると伊豆丸は影尾を薬で眠らせる前に自分が犯人であることや動機も語っていたかもしれない)

そして脚本だけでなくトリック再現のため一からコテージのセットを組み、海岸に桟橋を設置したりと、セットの作り上げや「セイレーンの泣き声」の演出も合わせて作中の世界観をオリジナルで構築している点も普通に偉業と言えるクオリティだった。

 

ところで、一見すると聖恋島の舞台背景(特攻の島、人間魚雷)と今回の連続殺人にこれといった関連性はないように思うが、大義のために人の命を道具として扱うという点では過去の戦争犯罪人と今回の医者三人は共通していると言える訳であり、かつて人命が道具として扱われた島で人命を道具として扱った医者たちを殺す…というのは単に地理的・トリック的に有利だったからというだけの話ではないように思える。特に今回のドラマでは凪田が病院から追放されたエピソードが追加されたことで、より影尾らが患者の命を道具としか見ていないことが強調されていた。この改変も犯人の動機の正当性を補強していると言えるだろう。

 

今回は、はじめと剣持が互いに「オッサン」「はじめ」と呼び合う関係に発展した事件として描かれたが、初代ではシーズン1の6話「首無し村殺人事件」でその関係になったことを思うと、五代目は随分駆け足で関係性を発展させたなと思わず苦笑してしまう。まぁ前回の「学園七不思議」の段階で殺害現場にはじめを入れていたことを思うと、剣持的にはフィーリングが合ったということかしら。

あと前回「五代目金田一は食欲特化型かも」と書いたけど、右竜に色気づいていたのでスケベ心が全くないという訳ではなさそうね。そこら辺の性欲的事情も次回以降どうなるか少し気になるかな。

 

原作は犯人がアッサリ自白してめでたしめでたしなのだが、ドラマでは最後に伊豆丸が「俺は気づいた時には大切なものを失くしていた。君も推理にばかり夢中になってると、俺みたいになっちまうぞ…」とはじめに警告めいた一言を放っており、この先の事件における不吉な展開を否応にも感じざるを得ないが果たしてどうなることやら。

 

 

さて、次回は今回の「聖恋島」と同様Rシリーズから「白蛇蔵殺人事件」が映像化される。これはちょっと予想外だったが、予告を見る感じ1話完結として放送されるみたいなので、次回は間違いなく改変されるし、改変ポイントも合わせて原作とドラマの評価をしていきたい。(一応先に言っておくと、原作は「聖恋島」以上に問題点だらけだよ)

「探偵が早すぎる」シーズン2感想 #5(生命力がドロンボー並みなんよ)

今回は別の意味でビックリしましたよ。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

5話感想(お前ら、人間じゃねぇ)

物語の中盤に差し掛かり、今回は美津山四兄妹の最後の一人、長女の成美が毒殺トリックを仕掛けるが、事態は私も予想していなかった展開へと進む。

成美の計画はサッカーの日本試合の時節を利用し、フェイスペインティング用の塗料に大量の酸化カドミウムを調合、大谷経由で一華の肌に塗られた塗料が乾燥することで、彼女がその粉末を吸引、カドミウム中毒になるという流れだ。

一応カドミウムについて説明しておくと、劇中で述べられたように急性中毒を引き起こした場合間質性肺炎肺気腫によって死亡することもあるが、慢性的な中毒の場合、腎機能に障害を与え腎不全になったり、骨がもろくなって骨折しやすくなるといった症状が出てくる。四大公害病の一つであるイタイイタイ病も原因はこのカドミウムなのだ。

 

例によって今回も計画は失敗に終わるが、何と今回は一華がトリックを見破ってしまうという、シーズン1でもなかった展開になっていたのでこれはちょっと予想外だった。前回大谷が刺客かもしれない疑惑千曲川に植え付けられていたからいち早く気づけたのもあるが、日光にかざすと黒く変色する特性を一華が知っていたのがやはり大きい。一華は化粧品会社の研究員として働いているので、薬品・化学物質の知識があるのは当然だし、これまでの経験から直接肌に触れるモノに何か毒が入っているのではないかと疑うのもこれまた当然のことだ。

実をいうと公式HPでは成美も化粧品会社に勤務していることが記されている。つまり、一華と成美は同業者だったのだから、そりゃトリックも見抜かれる訳であり、成美も同じ専門分野のトリックを使うなよとツッコミたい。このバカさ加減は金田一少年の「黒死蝶殺人事件」に登場した犯人と同じレベルだと思ったよ。

 

毒入りペイント塗料を持ってきたことにより大谷は橋田から尋問されることになったが、それによって大谷の刺客疑惑はなくなり、前回の金の受け渡しも江本の金銭事情を支援したというだけの話だった。

そうだよね、前回の記事でも指摘したけど暗殺の報酬にしては封筒が薄い=金額が少ないし、そんなヤバい金を会社の廊下で渡すとは思えなかったので、これに関して美津山四兄妹に雇われた刺客でないという私の予想は当たっていた(黒幕の刺客という線は外れたけど)。

 

そして、まさかの美津山四兄妹完全復活(成美は病み上がりかな?)

いやいや…えーと確か次男(二郎)は硫化水素ガスを吸って病院送りになったし、三男(順三郎)はウォッカの噴水で全身やけどを負い、長女(成美)は急性カドミウム中毒で病院送りになり、次女(明日香)は毒キノコ+毒草を配合した毒液を飲まされ病院送りになったのに?特に大きな後遺症とかもなく復活?

おまえらドロンボーかよ。

順三郎とか全身やけどのはずなのに肌ツヤツヤだったし、二郎も明日香も呼吸器とか他の臓器にダメージがあってもおかしくないのに、何でそんなピンピンしてるの?ホントに人間なのかお前らは。

結局四人が復活した上に、秋菜未亡人が急死。遺産の行方が一華ではなく当初の予定通り宗介・葉子兄妹に渡ることを知った四兄妹は、遺産目的+口封じのため宗介・葉子・一華・千曲川の四人を暗殺することを決意。ということで、次回以降はこれまでの個人戦ではなく4対4の団体戦な展開になると予想されるが、ここで疑問点を挙げておきたい。

 

①ホントに秋菜は死んだのか?

正直これは鵜呑みに出来ないポイントだ。今回の冒頭で千曲川と何か密談を交わしていたことから見ても、偽装死の可能性は高いし本当に死んだとしても何も後事を託さず死亡したとは思えない。次回は千曲川がトリックに引っかかって病院送りみたいな予告があったけど、これも含めて美津山四兄妹を油断させようとしている意図があるようにしか思えない(計画の全容までは流石にわからないけど)。

 

②結局黒幕はいないのか?(敵は美津山四兄妹だけなのか?)

美津山四兄妹の復活により前回の黒幕宗太説や宗介説がだいぶ揺らいできたが、初回から何度も言っているように、敵として美津山四兄妹はシーズン1の大陀羅一族よりも明らかにスケールダウンしているし、これまで仕掛けたトリックもあまり巧妙さを感じられない。明日香は良い線を行っていたけど、二郎は微妙な所も多いし、順三郎と成美に至っては事故死に見せかけられてないわトリック見破られているわで散々な出来栄え。これで後半戦リベンジマッチだと言われてもトリック的にも物語的にもシーズン1の大陀羅一族を超えられるのか、正直疑わしい。

これでこのまま最終回まで美津山四兄妹が敵だとしたら、ドラマとしては面白いがミステリとしては明らかに質が下がったと評価せざるを得ないのだが…。

 

③宗介のこれまでの怪しい動きに意味はあったのか?

他の視聴者もそれなりに疑っていると思うし、これから彼の行動の真意みたいなものが明かされていくのかもしれないが、敵側であるはずの明日香を介抱しようとしたり、一華が拒否したフェイスペイントを何故かわざわざ進んで塗ってくれと言ってきたり、彼の行為には不可解というか納得のいかない部分が多い。

単にミスリード要員かもしれないし、一華・大谷・宗介の三角関係を成立させるためのキャラとして配置されているだけなのかもしれないが、この辺りの疑問に対するアンサーがこの先描かれるのかどうか気になる所だ。

新作「聖恋島殺人事件」開幕!(五代目「金田一少年の事件簿」#2)

はじめちゃんの「やる気スイッチ」は死体とか殺人じゃないの?

 

(以下、ドラマと原作のネタバレあり。ただし今回は前編のため真犯人やトリックについての言及はしないのでご安心を)

 

File.2「聖恋島殺人事件」(前編)

金田一少年の事件簿R 聖恋島殺人事件 (講談社プラチナコミックス)

今回のエピソードは、2016年の12月から翌年の4月にかけて連載された「聖恋島殺人事件」。はじめと美雪が剣持警部と共に磯釣り大会に参加し、決勝戦の会場となる聖恋島へ向かうが、その島は「セイレーンの泣き声」と呼ばれる不可解な怪奇現象が起こる曰く付きの土地であり、「墓標の島」という不吉な名でも呼ばれている。本作は聖恋島を舞台に大会参加者が次々と殺される物語で、事件の背後に隠された「セイレーンの泣き声」の正体が、事件解決の重要なポイントとなる。

長編作としては比較的近年に発表されており、分量も全15回と長めでボリュームがある。そして原作では「シリーズ屈指の殺人トリック」という謳い文句があるほどトリックに力の入った作品であり、実際作中で用いられたトリックは(ややわかりやすい所はあるものの)バリエーションに富んだトリックが三種類も用意されている。

今回は初の映像化作品のため、まずは原作の事件関係者を紹介し、現段階での原作との相違点を振り返りたいと思う。

 

※ちなみに、セイレーンはギリシャ神話における半人半鳥の怪物。しかし、後年海の魔物である人魚と混同されるようになり、姿も鳥から魚へと変わるようになった。

 

原作のおさらいと相違点

〇本作の登場人物

まずは大会参加者から。(括弧内は年齢)

潮小次郎(28)

若きイケメン医師。同業者の影尾に頭が上がらない。

 

寒野美火(30)

ツンツンとした性格の女医。同業者の影尾に頭が上がらない。

 

影尾風彦(55)

帝王大学医学部教授。殿様然とした態度で周囲を見下す。

 

鰐瀬たかし(25)

医療機器メーカーの営業マン。取引相手でもある影尾に頭が上がらない。

 

伊豆丸険(50)

ゴマスリ製薬の医療情報担当者。取引相手でもある影尾に頭が上がらない。

 

右竜あかね(42)

女流作家。大会を素材にした小説を書く予定。

 

奥ノ木武蔵(29)

編集者。右竜の取材の付き添いとしても参加している。

 

続いて大会の運営者側の人間を紹介。

鬼島高彦(37)

音羽アイランド広告の社員で大会のイベント担当者。凪田と結託し、派手な展開作りのためわざと悪天候の時を狙い大会を決行した。

 

凪田空也(38)

サウスアイランドケーブルTVのプロデューサー。鬼島と結託し、ド迫力の画を撮影する目的でわざと悪天候の時を狙い大会を決行した。

 

海星終吾(32)

サウスアイランドケーブルTVのカメラマン。地味で大人しい性格。大会参加者のある人物と面識がある。

 

霧声昼子(87)

聖恋島唯一の住人で、大会の世話係を務める。「セイレーンの泣き声」について知っている模様。

 

以上の11人に、はじめ・美雪・剣持のレギュラーメンバーを加えた14人が原作で登場する。

 

〇原作との相違点

・磯釣り大会 → フィッシングツアーに変更。

・鰐瀬と伊豆丸が同じ医療機器メーカー「トーディインテック」に勤務する営業マンとして変更。

・編集者の奥ノ木とカメラマンの海星がカットされ、海星の代わりに佐木が劇中でカメラマンの役割を果たす。

・右竜の職業が作家から「アスタニッシュ出版」の記者に変更。それに伴い来島の目的も「セイレーンの泣き声」の正体を調査するという形に変更されている。

・鬼島と凪田が統合され、ツアーガイドの凪田夏見という女性に改変されている。

・凪田が元看護師として影尾らの職場で働いていたという設定が追加。

・被害者の殺害順が「影尾→潮→寒野」から「寒野→潮→影尾(後編で殺される予定)」に変更。

寒野の手紙が手書きからパソコン入力の文章に変更。

・参加者がそれぞれ宿泊する水上コテージがなくなり、宿泊施設はメインコテージにまとめられている。その影響で、寒野の殺害現場も彼女が泊まる水上コテージの部屋からメインコテージの一室に変更されている。

・潮を救助するため海に飛び込んだのが剣持からはじめに変更されている。

 

原作で磯釣り大会としてはじめ達は聖恋島を訪れているが、上記の通り剣持の計らいでドラマはフィッシングツアーに参加したことになっている。詳しいことは来週の感想で述べるが、この改変のおかげで原作でモヤモヤとさせられたある疑惑を推理する必要がなくなり、スッキリとした構成になっているのがまずドラマの改変ポイントの上手い所だ。

そして大会からツアーに変更したことで、邪な目的で大会を開催した鬼島と凪田が凪田夏見として統合され、被害者を殺す動機を持った人間の一人として改変されているのも評価したい。原作では鬼島も凪田も容疑者候補としては弱い部分があったので、容疑者数自体は減ったものの、有力容疑者は原作以上に多い状況が作られているのはミステリ的に良いことだと思う。それは、嫌々影尾らの接待をする羽目になった鰐瀬もそうだし、右竜も影尾を煽ったり「セイレーンの泣き声」を調べようと霧声をつついたりと場をかき乱す役割を果たしているので、各登場人物のキャラの濃さが強くなっているのがドラマを見た印象だ。(原作の右竜は奥ノ木がいるせいか、あまり他の人とガツガツ絡んだ感じはなかった)

 

肝心の事件については、やはり被害者の殺害順が入れ替わっているのが注目すべき点だが、個人的にこの変更は犯人の殺害動機を鑑みると、ドラマの方がその目的が効果的に達成されているのではないだろうか。被害者たちが何をやらかしたのかは来週明らかになるので今回は伏せておくが、原作を読んだ時「こいつを一番先に殺したら効果的ではないんじゃ…?」と思ったので、個人的にはドラマの方が犯行動機に適した殺害プランになっていたと評価したい。

 

さいごに(五代目金田一食欲特化型?)

前編を見た様子だと、少なくとも前回の「学園七不思議」のような、ミステリとして砂を噛むような消化不良感はなさそうなので後編の展開に期待しておくが、それはともかく。

道枝さん演じる五代目金田一は、前回と今回を見た様子だと食欲という面が通常モードでは強調されていて、少なくとも原作や初代・四代目で見られたスケベ要素はないみたいだ。やはり、コンプライアンスにうるさい時代だから、ラッキースケベ的なことを期待する主人公を出しづらくなっているということだろうか。それでいて三枚目要素はなくさず探偵モードの時とのギャップを見せないといけないので、意外に難しい注文を要求されているのではないかと思うが、そこは頑張ってもらって五代目独自の色を視聴者に見せつけて欲しいと期待を込めて応援するつもりだ。

特に金田一少年シリーズは、他のミステリ作品と違って身体を張る展開も結構多いし、現に今回は海に飛び込んだり洞窟にすべり落ちたりとフィジカル要素満載だったので、コロナに感染したのもあの場面を見れば無理ないと思う。それだけに、健康面でも問題なく撮影が進むことを祈りたい。また一週間お預けとかあったら嫌だもの。

 

来週は解決編になるが、原作未読の方がいるなら今回の犯人はわかりやすい方なので是非推理してもらいたい。正直メタ的な推理でも当たるよ。

「探偵が早すぎる」シーズン2感想 #4(入浴剤がデカすぎる)

ざっと一週間分くらいはあるデカさでした。

 

(以下、ドラマのネタバレあり)

 

4話感想(二郎のトリック&黒幕予想)

今回は一華の恋愛模様を絡めながら例によって美津山四兄妹の暗殺計画が描かれる。リベンジとばかりに今回は二郎がトリックを考え実行する。

二郎が考案したのはバスボム(入浴剤)に大量の硫黄を配合させ、中心に硫黄と化合すると硫化水素が発生する薬品をカプセル入りにして仕込む。こうしてターゲットの一華が入浴時にそれを利用し硫化水素のガスで中毒死する…という流れだ。

浴室の外にある換気口を塞いで確実に死ぬよう念入りしているが、これだけで事故にみせかけるには不十分。一華だけがバスボムで死亡したら明らかに警察に怪しまれるので、バスボムを二個用意し、一華の同業者である江本という男に商品開発の試供品という名目で手渡させ、一華以外の第三者も犠牲になることで、重大な欠陥のある試供品を使用したことによる事故という形にした。トリック自体はシンプルで面白みはないが、直接ではなく間接的にバスボムを渡していることや、第三者を巻き込みより事故に見せかけようとした点については、一応前の失敗を経て成長していると言えるかもしれない。結局いつものように千曲川によってトリック返しされているのでダメだったのだけどね。っていうか、あんな馬鹿デカい入浴剤にしたらそりゃ怪しまれるよ。

 

一華以外の人間が暗殺トリックの「もらい事故」を受けそうになる展開や、親しくしていた人が刺客として裏切っていることを仄めかす展開など、前シーズンでもあったプロットを今回は踏襲しているが、個人的に一華の会社の先輩・大谷を操っているのは美津山四兄妹だとはちょっと考えにくい。※1この先の展開を考えるとあの四兄妹では悪役として小粒すぎるし、前シーズンの朱鳥のような大ボスが劇中にまだ登場していないことを見ても、今シーズンのボスは黒幕的存在として暗躍していると考えるべきではないだろうか?

 

そうなってくると誰が本作の黒幕なのかという話になってくるが、一番怪しいのは失踪中の美津山家の長男・宗太。彼を演じるのが和田總宏さんであることを見ても、単なる過去回想として出るだけの役ではないと思うし、四兄妹を相続候補から完全に除外し、宗介・葉子に相続させれば、後々戻ってきた際に管財人という形で遺産2000億の恩恵を受けられるのだから、私は彼を黒幕説として推したい。※2

ただここで引っかかるのが一華の介入という点だ。本来なら遺産は宗介と葉子が受け取ることになっていたのだし、そうなると四兄妹たちはその二人を狙いにかかっていたのだから、もし一華が介入しなければ宗介・葉子が死亡し、四兄妹のものになっていた。そうなると宗太が戻った所で遺産は受け取れないし、そもそも実の子供を遺産目当てで犠牲にする親がいるとあまり考えたくない。

だから、一華の介入が秋菜未亡人が独断で判断したことなのか、それとも誰かしらの心理操作・誘導によって一華が介入するようお膳立てされていたのか、そこが問題となってくる。お膳立てされていたとすれば、当然千曲川の介入も視野に入れているはずだし、彼のトリック返しも計算に入れて相続候補者である四兄妹を排除しようとしたという推測が成り立つ。反対に秋菜未亡人の独断で一華が介入したと考えると、宗太黒幕説はだいぶ弱まってしまうし、そうなると結局暗殺計画を立てて得をするのは四兄妹となってしまうのだが…。

 

※1:大谷が江本に封筒を渡していたことから、千曲川は大谷が一華暗殺に一枚噛んでいるのではないかと疑うが、これは正直微妙な所。あの封筒の薄さを見ると札束を渡していたとは思えないし、仮に札が入っていたとしても暗殺計画に関わった報酬にしては少なすぎる(勿論、札ではなく小切手という可能性もあるので現段階では何とも言えないのだが…)。そもそも、金銭の受け渡しを会社内という人目が多い場所で渡すのはリスクが高い。

※2:もっと言うと、宗太が失踪中という設定自体、前シーズンの一華の父親・瑛の設定と似ている所があり、それが逆に宗太黒幕説を後押ししているような気がしてならない。シーズン2で同じような設定の人間をまた物語に登場させている上に、彼を聖人君子的な人物として劇中で説明しているから、視聴者を「宗太=善人」と思い込ませようとしているように見えるし、それが逆に彼を疑う切っ掛けになった。

 

今の所推測としては以上のようになるが、次回は物語の中盤に差し掛かりターニングポイントになりそうな出来事も起こりそうなので、引き続き注目していきたい。

(これでドロンボー一味みたいに二郎・順三郎・明日香が復活したらどうしよう…。前シーズンの壬流古がそうだったから、可能性はゼロじゃないんだよな…)